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オレ部

京大生のひとり部活動、その名もオレ部!

アユタヤからバンコクに向かう列車の中で綴った日記。

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こんにちは。カトナヲでふ。デュフフ。

いま、空港のバンコクへ、タイ国鉄の列車に乗って向かっています。

いろいろ湧き上がってくる感情が消えてしまう前に、書き起こしておこうと思います。


アユタヤ駅に隣接するカフェはぼったくり

 

アユタヤ、バックパッカー多い

 

日本のマンゴーが食べたい

 

日本語を覚えてるタイの人いっぱい

 

タイで聴くブルーハーツは染みる

 

1人でうろうろするのは怖い

 

先輩の金魚の糞と化して正解だった

 

タイの飲料水には慣れない

 

やっぱりイロハスがナンバーワン

 

タイ版のイロハスもあるけどペットボトル畳めず

 

何故このタイミングで大学の友達成績が開示されるのか

 

思ったより良かったから上機嫌

 

ゲストハウスに無料Wi-Fiがあって助かった

 

来年度の履修登録を考えねば

 

以上です。もうすぐバンコク、乗客が増えてきました。ちゃんと目的地に着けるよう頑張るゾイ!

異国の地で2週間強過ごして迎えた最終夜につづる日記。

こんにちは。カトナヲです。

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いま、ゲストハウスのベッドの上でこの文章を書いています。

 

3/11の深夜、厳密に言うと12日に、関西国際空港から飛行機でタイのバンコクへ行き、そこからさらに270キロほど北東にいった、サケラートという地方で、インターンシップとして様々なフィールド調査に参加させていただいていました。

 

インターンシップ自体は3/26の午前で終わり、27の深夜(厳密には28)の日本に帰るフライトまで時間が1日半あったので、タイの地方都市に観光にきている、そんな感じです。言い方を変えると、帰国を明日に控えたタイ滞在15日目の夜。

 

今回の旅行について、詳しくは後ほど書きたいと思いますが、今感じていることをつらつらと書きます。

 

航空券は早くとろう

 

大学への海外渡航届けは早めに出そう

 

教務に怒られないように締め切りは守ろう

 

空港はワクワクする

 

飛行機の離着陸もワクワクする

 

エアアジアはCAさんがかわいい

 

けどエコノミーはかなり狭い

 

僕は英語が出来ないフレンズ

 

発音とリスニングを鍛えよう

 

「美味しい」「ありがとう」は偉大

 

お酒も偉大

 

水道水ガブガブ飲める日本先輩ぱねえ

 

サトウキビジュースはやめとけ

 

カエルは炭火でパクー

 

メモをとろう

 

記憶はすぐにぼやけてしまう

 

あとでやろうは今やろう

 

日焼けすると健康的に見える

 

 一眼レフカメラ買おう

 

ゲストハウスを積極的に使おう

 

タイはいいところ

 

けど野犬はちょっとコワイ

 

アユタヤ日本人多すぎ何故ゆえ?

 

facebookはグローバルスタンダード?

 

SNS上のタイ語のやりとり読めないの悔しいしタイ語の勉強するまである

 

他の国にも行ってみたい

 

振らな 何も 始まらないから 強気で一か八か フルスイング

 

今度の夏休みは他大学の公開森林実習に行こう

稀勢の里優勝おめでとう

 

そろそろズズズと麺をすすりタイ

 

以上です。おやすみなさい。

 

2017年3月26日23時すぎ(タイ基準)就寝

訪問した城・城跡(最終更新2017年3月24日)

僕は旅先で城跡を散策するのが好きです。

本記事では、僕が大学入学からこれまでに訪問した城・城跡について記録しています。城めぐりの参考になれば幸いです。

 

2014年以前

松阪城(日本100名城選出、48番)

小中高浪の10年弱を過ごした松阪。その松阪の街を一望できるのがこの松阪城です。今でも帰省の度に行きます。

よく石垣の上を歩きながら考え事をしていました。野球場もそばにあります。

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2015年

明石城(日本100名城選出、58番)

早朝に訪問しました。散歩中の高齢者と多くすれ違いました。ほのぼのしました。

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訪問日:12月10日

岡山城(日本100名城選出、70番)

ハリボテ感がぬぐい切れぬ天守でした。ですが後程戦火で焼失したことを知りすこしさみしい気持ちになりました。

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訪問日:12月10日

 

赤穂城(日本100名城選出、60番)

平たいお城でした。天気が悪く訪問したのも日没前と、あまりお城を堪能することが出来ませんでした。最寄り駅の播州赤穂駅前の雰囲気が、雨上がりだったということもあってか、ひんやりとしたすこし神秘的な雰囲気がありオレ好みでした。

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訪問日:12月10日

 

上記の明石城、岡山城、赤穂城は青春18きっぷを使って纏めて訪問しました。

 

松本城(日本100名城選出、29番)

東京に住む友人と、青春18きっぷでどこかで合流しようとなって、京都と東京の中間はどこだ?ってなって、選ばれたのが長野県で、長野県観光の一部として訪問しました。

松本市はもろ盆地で、その平地にたたずんでいるのが松本城です。石垣らしい石垣がなく、突然天守が現れるので驚きました。漆黒の天守は、水面にも栄え、とても美しかったです。

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訪問日:12月26日

新宮城

三重県の友人と、18きっぷで日帰り旅をしようという話になって、新宮とかいんじゃね?ってなって行きました(よくわからない)。海にこれほど近いお城は初めてで、広大な太平洋に心奪われました。

暫定オレ的好きな日本のお城ランキング1位です。

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訪問日:12月29日

 

2015年に訪問したお城の数・・・5(うち100名城4つ)

 

2016年

苗木城

いわゆる山城。キャンプ砂防という国交省が実施している研修の一環で訪問。マチュピチュっぽかったです(行ったことないけど)。

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訪問日:8月2日

広島城(日本100名城選出、73番)

大学の夏休み広島東洋カープの試合をマツダスタジアムに観に行った時に訪問。

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訪問日:9月1日

福山城(日本100名城選出、71番)

こちらもカープの試合の前に来訪。福山にも生まれてから小学校高学年まで10年弱住んでいたので、かなり愛着のある街です。

ちなみに観に行ったのは何とかチケットがとれたCSの対DeNA第3戦で、完封負けを喫してしまうのでした、、、。

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訪問日:10月14日

大坂城(日本100名城選出、54番)

大阪に就職説明会で行ったときに、それだけで帰るのももったいないということで観光要素をねじ込もうと訪問。存在感が半端ないエレベータがむしろ済々しいです。

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訪問日:12月19日

福知山城

堀は一部埋め立てられてしまったようでした。城の近くの橋が立派でした。

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訪問日:12月23日

竹田城(日本100名城選出、56番)

冬は管理の関係で入場できる時間が日中の短い時間に限られています。門が開いて無くて入れないというまさかの展開でした。ちゃんと下調べをしてから行きましょう。

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訪問日:12月23日

 

2016年に訪問したお城の数・・・6(うち100名城4つ)

2017年

米子城

鳥取の祖父母を訪問するついでに。ただ、倒木があって天守跡には登れませんでした。無念。

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訪問日:2月24日

 

2017年に訪問したお城の数・・・1

 

これまで訪問したお城の数・・・13(うち日本100名城は9) 

 

www.100finecastles.com

人生の100のリストを書き出してみた。

大学生

サワディーカープ。オレ部自己実現班です。

今タイに来てインターン参加中ですが、自由にできる時間もけっこうあり、日本での喧噪から離れて、自分を見つめなおそうということで、以前からやりたいと思っていた「人生でやりたいことを100個書き出す」ことをやってみました。

この「人生でやりたいことリストを書き出す」という手法は、たしかTwitterでRTで流れてきた以下の記事で知りました。

www.mazimazi-party.com

 

一部、読み手の方を不快にさせそうな箇所やプライベート性があらわになってしまいそうな箇所は適宜ぼかしたりしてます。

 

1.コミュ障克服

2.自分なりの美学をもつ

3.無人島で生活してみる

4.ブロンド美女と懇ろな関係になる

5.バイト以外で遊ぶお金を調達する

6.大学を卒業する(最短でとは言っていない)

7.希望の大学院に進む

8.就きたい職業に就く

9.スキューバダイビングに挑戦

10.香水を身に纏い色っぽいオトコになる

 

11.トレードマーク的なのをつくる

12.億万長者になる

13.facebookで友達1000人越え

14.Twitterのフォロワー1万人越え

15.彼女つくる

16.25までに結婚

17.立ち上げたサークルを大学公認にする

18.12球団の本拠地でプロ野球観戦

19.カープ優勝決定の試合を現地観戦しに行く

20.カープの日本一を見届ける

 

21.WBC現地観戦

22.東京オリンピック現地観戦

23.大相撲年6場所で現地観戦

24.甲子園の決勝戦をみにいく 

25.車とバイク(中型)の免許をとる

26.スポーツカーに乗る

27.バイクにも乗る

28.キャンピングカーであちこち行く

29.ゆくゆくはフェラーリオーナー

30.マルチリンガルになる

 

31.第二言語として英語の習得

32.気象予報士の資格を取る

33.世界遺産検定1級合格

34.通訳案内士の資格をとる

35.簿記2級もとる

36.ビール検定受ける

37.鳥の同定が出来るようになる

38.星座に詳しくなる

39.釣りをたしなむ

40.松阪牛だけをお腹いっぱい食べる

 

41.色んなラーメンを食べる

42.お好み焼きもいっぱい食べる

43.色んな人とサシ飲みする

44.自著かコラム書いて文章でお金を稼ぐ

45.47都道府県訪問

46.100名城訪問

47.マンホールカードコンプリート

48.ダムカードもコンプリート

49.日本中のICカードを集める

50.御朱印を集める

 

51.駅スタンプも集める

52.斎藤先生のオススメ文庫300タイトル全部読む

53.オリジナルTシャツつくる

54.オーダーメイドのエアマックスを買う

55.オーダーメイドのチャリを買う

56.Macbook買う

57.iPhone RED edition買う

58.G-SHOCK買う

59.登山靴を買う

60.一眼レフカメラ買う

 

61.カープのプロモデルユニ買う

62.もうちょっとマッチョになる

63.JR全線完乗

64.寝台列車に乗る

65.グリーン車に乗る

66.グランクラスにも乗る

67.自転車で日本1周

68.しまなみ海道でサイクリング!

69.屋久島に行く

70.佐渡島に行く

 

71.隠岐の島にも行く

72.NMB48の握手会に行く

73.混浴温泉に行く

74.フルマラソンを2時間台で完走

75.両国で相撲をとる

76.京都マラソンで走る

77.1人キャンプする

78.廃止前に三江線に乗る

79.得意料理をつくる

80.フォトコンテストに参加する

 

81.富士山登頂

82.隈研吾さんに認知貰う

83.齋藤孝さんに認知貰う

84.矢倉楓子さんに認知貰う

85.他大の公開森林実習に参加

86.長髪になるまで散髪を我慢

87.カプセルホテルにとまる

88.ゲストハウスに泊まって交流を深める

89.おーいお茶の川柳で商品のラベルに載せてもらう

90.樹種同定ができるようになる

 

91.猫背なおす

92.視力の悪化を防ぐ 

93.アタック25でテレビ出演する

94.知り合いの結婚式で余興をやる

95.彼女と一緒にUSJに行く

96.下宿をきれいにする

97.草野球をする

98.初日の出をみる

99.父親になる

100.火を自力でおこす

 

思いついた100個をある程度カテゴリー別に並び替えてみました。これから少しずつ達成していけたらなと思います。

 

(2017年3月23日最終更新)

誕生日は四国で贅沢に。バースデイきっぷでJR四国完乗も夢じゃない!?

オレ部旅行班

 JRの販売するお得なきっぷというと、青春18きっぷを思い浮かべる方が多いと思います。青春18きっぷと言えば、1回あたり2400円ほどでJR全社の在来線の普通列車・快速列車などが一日乗り放題になるという、とてもお得なきっぷです。

僕自身、帰省や旅行の際によく青春18きっぷを利用します。

しかし、青春18きっぷ以外にも、お得なきっぷがいくつか販売されています。今回はその中のうちの一つ、JR四国が販売している「バースデイきっぷ」を紹介したいと思います。

 (注意!平成29年3月31日までにバースデイきっぷを利用しようという方はhttp://www.jr-shikoku.co.jp/03_news/press/2017%2001%2026%2002.pdf#search=%27%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%87%E3%82%A4%E3%81%8D%E3%81%A3%E3%81%B7%27を参考にしてください。本記事では平成29年4月1日以降のバースデイきっぷについて取り上げます。)

 

バースデイきっぷの概要

誕生月にだけ購入できる

「ご本人様用」は、ご出発日(きっぷの有効期間開始日)がご利用のお客さまの誕生月の場合に発売いたします。
※お買い求めの際は、誕生月であることを示す公的証明書の提示が必要です。また、ご利用の際も、公的証明書をご携帯ください。
例:お客様の誕生日が4月1日の場合・・・
誕生月は「4月」なので、ご出発日が4月中である場合に、ご利用になれます。
<ご出発日が誕生月で、有効期間が誕生月の翌月にまたがる場合>
・4月30日〜5月2日 = ご利用になれます。
<ご出発日が誕生月の前月で、有効期間が誕生月にまたがる場合>
・3月31日〜4月2日 = ご利用になれません

http://www.jr-eki.com/ticket/brand/1-3WLから引用)

使用開始が誕生月に収まっている必要があることに注意!

 JR四国全線+αが乗り放題

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(画像はhttp://www.jr-eki.com/ticket/brand/1-3WLから引用)

上記の画像の通り、JR四国全線とJRの路線バス(高速バスは×)、第三セクターの土佐くろしお鉄道、安佐海岸鉄道の全線を利用できます。

青春18きっぷの場合もそうですが、JRの販売する企画切符の場合、第三セクターの路線は別料金が発生する場合が多いので、バースデイきっぷのように第三セクターの路線を追加料金なしで利用できるのは、とてもありがたいです。

3日間連続で乗り放題

連続して使用する必要のない青春18きっぷとは異なり、3日間連続で利用しなくてはなりません。そのため、たとえば

一日目、バースデイきっぷの利用を開始し高知まで移動
二日目、移動せずに高知を観光
三日目、高知から徳島に移動
四日目、

としていると四日目にはバースデイきっぷは使えなくなってしまいます。

お連れ様も3人までOK

お連れ様用」は、「ご本人様用」をお持ちの方と全行程同一でご旅行される場合に、「ご本人様用」1枚につき3名様まで発売いたします。
※「お連れ様用」は、「ご本人様用」と同時購入されるか、「ご本人様用」をご提示いただいた場合に限り発売します。「お連れ様用」のみの単独発売はいたしません。 また、「お連れ様用」は、「ご本人様用」と同種のものに限ります(「グリーン車用」と「普通車自由席用」を混在させることはできません)。

http://www.jr-eki.com/ticket/brand/1-3WLから引用)

誕生月の友達を一人でも捕まえることが出来たなら、「ご本人様用」1人と「お連れ様用」3人で、最大4人で団体旅行も可能ということです。さらに、この文面から深読みすると、2人誕生月の人がいれば、8人での団体旅行も可能に!

同じ誕生月の人さえそろえば大規模旅行が可能です。

ただ、注意が必要なのは全員が同じ工程で乗車する必要があるということです。

1人が徳島言って、もう一人は高知で、もう一人は、、なんてことは出来ません。

切符の種類は2種類

「グリーン車用」と「普通列車自由席用」があります。どちらでも特急列車に乗ることができますが、特急列車のグリーン車にのれるかどうかという違いがあります。

近年、JR四国では全席グリーン指定席という観光列車も複数運行されているので、車窓を楽しみながらのんびり観光したいという人は「グリーン車用」、テキパキ目的地間を移動したいという人は「普通列車自由席用」がいいのではないでしょうか。

「グリーン車用」 大人 13,000円 (小児の設定は無し)

「普通車自由席用」 大人 9,500円 (小児半額)

グリーン車には乗ったことが無いという方も、このお得なバースデイきっぷで グリーン車デビューしてみませんか?(偉そうなこと言ってるが僕も乗ったことない)

目指せJR四国完乗

3日間あれば、JR四国の全線を乗りつぶすことも可能です。ただ、列車に乗っている時間がかなり長くなってしまいますが(笑)

贅沢に2回分、6日間で旅をするのもアリ

JR四国を完乗しつつ観光も充実させるのはかなりむつかしいのではないでしょうか。

そこで、2回分を購入し6日間の旅を楽しむ選択も挙げておきます。

 

その他、サンライズ瀬戸には乗れないなどいくつか細かい決め事がありますが、総合的にみればかなりお得なきっぷです。皆さんぜひ使ってみて下さい!

www.jr-eki.com

「香水ふってる場合じゃない」はとても便利なフレーズです。

友人がシャネルの1万円ほどする香水を買ったそうです。なんでも良い香りを身に纏うことで優越感に浸れるとか。

 

そこで僕も高校生のころに購入したライオンハートの香水を買ってみました。

両手首と首筋にシュシュシュッと久しぶりに香水をふってみると、清涼感のある爽やかな香りが!つけすぎるの匂いがキツすぎて酔いそうになるので注意が必要ですが。

 

香水を身に纏った僕は浮かれてしまいました。香水は僕を前向きな気分にさせてくれました。しかし浮かれすぎて、その日までに提出しなくてはならない書類の提出に遅れそうになりました。そんな時に僕が放った独り言。

 

「香水振ってる場合じゃねえな」

 

この「香水振ってる場合じゃない」というフレーズがいま僕の中ですごいブームです。

 

使用タイミング

オシャレに夢中になって他のことがおろそかになってしまったときに使いましょう。なんなら「ワックスじっくりつけてる場合じゃねえぞ」とかでもいいです。

 

使用例

うわっ襟足の寝ぐせなおすの忘れてた!香水ふってる場合じゃないぞ!

家に教科書忘れた!香水振ってる場合じゃないな!

朝ごはん食べなきゃ。。。香水振ってる場合じゃないな。

 

以上、いまハマってるフレーズ「香水ふってる場合じゃない」の紹介でした。

 

 

以上、小ネタでした。

 

 

高3全落ちからの宅浪で京都大学に合格した話

受験

まず、僕は少々特殊な受験遍歴をもっています。というのも、東京大学と京都大学の両方を受験したことがあります。

東京大学と京都大学を受験した、というのだけでも珍しいですが、それだけでなく、予備校に行かず自宅を中心に勉強する、いわゆる宅浪でした。

予備校によって宣伝の為に合格体験記を半ば強引に書かされる予備校生と比べて、宅浪の合格体験の話は予備校に所属していない故に、世に出る宅浪経験者の受験報告はとても少ないです。

僕自身、浪人中はネットで当時の自分と同じ東大京大志望の宅浪の方がやっていたブログなどを読んで勉強方法などを参考にさせていただいていました。

なので、次は自分がサンプルを提供する番だ!ということで、今回、初めて合格体験記を書いてみようと思います。

 

宅浪で第一志望を目指そうという人、京都大学・東京大学レベルの最上位国公立大を目指そうという人には多少役立つかも知れません。

 

また今回は、どんな参考書を使えばいい!とかではなく感情的な揺れ動きを中心に記します。ある種自分の中で一つの区切りをつけるという意味でも書こうと思うので、かなり雑な文章になると思いますが、よろしければお付き合いよろしくお願いします。

小学生時代、転校、中学受験

小学校5年の秋に広島県から三重県に引っ越し、それに伴い転校しました。

小学校の高学年というのは多感な時期です。広島の仲の良い友人らと別れて全く知らない地である三重に移ってゼロから人間関係を築いていくのは、当時の僕にとってはとても受けれ難い現実でした。

広島にいた頃はキャンプの実行委員になったりクラス委員になったりリーダーシップを発揮する方でした。三重に移ってからは暖かく歓迎してくれる友人もいましたが、広島弁を小馬鹿にされたりすることもあり、すっかり内気な少年になってしまいました。

小学校では図書室が一番居心地がいい場所でした。「解決ゾロリ」シリーズ、「ズッコケ三人組」シリーズや学習用の漫画を読み漁りました。特に好きだったのはNHKの名番組、プロジェクトXの漫画です。

www.ohzora.co.jp

当時から勉強は好きでした。勉強が好きと一口にいうと、「ガリ勉か!」となりますが、学ぶことによって自分の知の領域が広がり、新たな楽しみに触れることが出来る喜びは何物にも代えがたいです。

さて、そんな中、家も近く仲の良かった友人が中学受験指導塾に通っていて、僕を誘ってくれました。

塾での勉強内容は小学校で教えられることよりも圧倒的に量が多く、とてもワクワクするものでした。周りよりも進んだ勉強をしているという優越感、勉強出来たら周りに褒められる。僕は勉強にハマりました。

両親は共に公立中学出身で、もともと中学受験には否定的でしたが、塾に通い始めてから、三重に引っ越して以来内気だった僕がイキイキしだした様子を見て、中学受験をサポートしてくれました。

当時は塾の用意してくれたプランに従順にしたがって勉強していました。主体的ではなく受動的な勉強、とでも言いましょうか。与えられたテキストを淡々と吸収していくカンジ。

中学受験に無縁な人からみると、小学生が嫌々勉強をさせられているようにも見えるのかもしれませんが、僕の場合はそうではなく、むしろ友人らと点数を競い合って楽しく勉強していました。

結果、難なく第一志望の中学に合格できました。

中学3年間

県内では進学実績で有名な中高一貫6年制の私立校に通っていました。入学当初は周りの生徒のレベルも高く学校生活に慣れるのに必死でした。

しかし6年制あるあるだと思いますが、高校受験は無く、中学2年から高校1年にかけてはかなり中だるみしていました。漫画を読みふけったり、ゲームを夜更かししてしたり。今思い出すと、この時期はかなりもったいなかったですね。

6年制ということで、高校3年生の先輩の進学実績なんかも中学生ら下級生の耳に入ってきたりはしましたが、中学生の頃は先輩方の合格していく大学は雲の上の存在だと思っていました。

大学との距離感、すなわちどの大学に合格するにはどれほどの学力が必要か、といった情報を全然知らなかったのです。それで、漠然と生まれ故郷の国立大学、広島大学に合格出来たら御の字だろうと。このころは東大京大を目指すレベルにまで到達するとは思ってもいませんでした。

今になって思うのは、せっかくの6年制なんだから中学のうちから色んな大学や、大学進学以外の選択肢も提示したほうが生徒の為になるのではないかということです。どんな大学や就職先などでも、雲の上の存在ではないと気づかせることが非常に大事だと思います。

また、中学の時は3年間ずっと帰宅部でした。1年の最初は野球部に入ろうかと思っていましたが馴染めずに辞めました。勉強もろくにせず、学年での順位は中2のとき200人中130番くらいでした。

ただ、友達と競い合うことで中3の時には200人中50番くらいにまでジャンプアップできました。中学受験のときと同様、やはり競争は大事です。

ちなみに塾には小学校以来、中学高校と通いませんでした。この6年間、塾に通わずに自分で計画を立てて勉強する習慣があったからこそ宅浪も可能だったような気がします。

高校1年

中学時代に仲良くなった友人の誘いもあり、陸上部に入って長距離を始めました。これが僕のこれまでの人生における大きな転機となりました。

部活では、健全な体作りだけでなく、自分の心を律する術を学びました。特に長距離という忍耐が要る競技でしたので、相手に不快感を与えない振る舞いとかは身につきました。

あとなんていってもご飯がおいしく食べられるようになったのが大きかったです。「いただきます」「ごちそうさま」ほど生を実感する瞬間は無いです。

勉強面

部活を始めると勉強をする時間が減ると思われがち。たしかに週6で2~3時間の部活動、時間は取られます。しかし、逆に部活に縛られることで、一日のうち勉強に残された時間がはっきりし、緊張感をもって勉強に取組めていました。6時に起きて登校までに予習をして、授業は多少うたた寝しながら受けて、部活で身体を動かす体を動かし、通学の時間は単語を覚え、帰宅し夕食入浴を済ませ宿題をこなし12時に寝る。生活にメリハリが出来、成績も徐々に上向いてきました。

なので、部活動をやっている生徒の成績が少し振るわないからといって部活動が原因だと決めつけて部活を辞めさせるのは、極めてナンセンスだと思います。

高1の時はまだ東大に特化した勉強はしていませんでした。ただ、英単語などをこつこつやり授業も真面目について行っていたので、受験における下地、基礎体力は徐々に身についてきていました。

高校2年

貧血などであまり走れない時期があり、その時期に競歩を始めました。最近急激に競技レベルが上がりつつある競歩ですが、当時は完歩(失格にならずに歩ききること)さえできれば県内では入賞が狙えるチャンスがあったので、俺でも行けるんじゃね?という下心丸出しで競歩に専念することにしました。あと人生初の彼女が出来たりしてかなり調子に乗っていました。ただ、デリカシーが無さ過ぎてそんなに長続きしませんでした。苦笑。

勉強面

中高一貫の強み、高校2年までに数学と英語は大方高校の範囲が全て終わり、理科に関しても恐らく公立高校より早い進度だったはずです。まだまだ本格的には東大対策はやっておらず、東大受験生の間では有名な英単語帳、「鉄壁」を買って覚え始めました。

hiroacademia.jpn.com

ここで、僕が高校時代に東京大学を志望した理由を述べておきます。

一番の理由は、日本一の大学を目指そうと思ったからです。大学に行ってやりたいことがまだはっきり決まっておらず、入学後に先行する分野・学科を選べる進路振り分け制度を東京大学が採用していたのも当時は魅力的に思えました。

ただ、実際に東京大学に入学した先輩や友人の話を聞いていると、そうそううまく自分の第一に志望する学部学科に進めるというわけではなく、大学での成績をもとに進路の可否を決める故に、大学に入ってからも受験勉強のようなハードな勉強をしなくてはならないという説もあります。

また、大学入学後にそれは同じ陸上部の長距離パートに、京都大学を志望する友人がいたのも大きかったです。彼はすこぶる勉強ができる奴で、それだけじゃなくて彼も高校から陸上を始めたのに足も速くて、僕は勝手にライバル視していました。彼が京大を目指すなら、俺は東大だ!とひとりで盛り上がっていました。

高校3年

6月までは部活をやっていました。最後のインターハイ予選の県大会で入賞出来て、賞状を貰うことができました。本当に陸上部に入って良かったと、つくづく思いました。

部活を辞めてからは勉強中心の日々が始まるわけですが、運動しなくなり食事量は変わらなかったため、高校卒業ごろには体重が10キロほど増えてしまいました。

勉強面

部活を引退し、いよいよ勝負の時間。引退直後東進の東大レベル模試を受験しました。結果はE判定。440点満点のうち、130点にも満たない点数でした。

ただ、東京大学の入試問題はそれ相応に難しいので、半分一寸とることが出来れば十分に合格が狙えます。また、部活を辞めて勉強に本格的に打ち込めばまだまだ伸びると信じて、それほど落ち込むことはありませんでした。

僕は予備校に行っていなかったので、基本的に高校、自宅、近所の図書館で勉強していました。勉強を進めるにつれて、各場所でやる勉強方法のすみわけが出来てきました。

高校や図書館ではまとまった時間をとって問題演習、自宅では声に出しながら暗記系、といったように。浪人時代は高校という選択肢が無くなって図書館メインになるわけですが、当時は気分転換や休日の日に利用する程度でした。

そうこうしているうちに夏休みがやってきました。

現役生にとっては、夏休みが受験の総本山などと言われることもありますが、僕はとりあえず量をこなさなくては!と思い、40日弱の夏休みで500時間勉強することを目標に設定しました。ストップウォッチで勉強時間を一日ごとに計り、それを合計していきました。

このころはまだ東大の過去問などには手を出さず、発展的な問題を解くためには必要不可欠な受験の基礎特体力を増強することを意識して勉強していました。

英数はもちろん、特に、まだ高校の範囲も少し残っていて完成度が低かった理科、物理と化学の基礎をしっかり身につけるように努めました。物理化学は勉強の成果が如実に模試などであらわれるので、勉強のモチベも高かったです。

国語はと言いますと、現代文に関しては知らない漢字が出てきたら覚える程度で特に対策を取らず、古典漢文の構文や単語などを覚えるように努めていました。

最終日に時間が少々足りず3時ぐらいまで無茶して机に向かったことを鮮明に覚えています。結果的にリスニングを聞いてる時間も勉強中や!とかいろいろ設定を緩めましたがなんとか達成できました。

夏休み終わりには、勉強のモチベーションにもなっていた、当時ハマっていて今でもよく聴くB'zのライブに名古屋まで行きました。詳しいことを言うと、B'z LIVE-GYM Pleasure 2013 ENDLESS SUMMERの名古屋ドーム公演初日ですね。このライブが僕の人生初ライブでした。

当時東大合格ラインまでぎりぎりのところだなーもっと成績あげてくぞー!と意気込んでよくB’zの「ギリギリchop」を聴いていましたが、実際にライブで生で聴けてとても感動しました。

3時に寝て3時間ほどで起きて学校に向かい、午前中だけの始業式やら授業やらを受けてから大急ぎで名古屋に向かい、物販でTシャツやらタオルやらを買って、ライブ本番では叫びまくって盛り上がって、くたくたで終電間際の列車で帰り、興奮冷めやらずなかなか寝付けず。

その次の日は恐らく高校で唯一遅刻した日だと思います。あまり褒められた話ではありませんね。

いまでも当時の記憶は鮮明に思い出されます。夏休み終わりにちょうどいいタイミングで息抜きができたと思うし、当時もそう思ってすぐに勉強モードに戻ろうとしたはずです。

 

ですが、ここで予想外のハプニングが起こります。そう、カープが大躍進したのです。

僕は広島生まれということもあり、もともとカープファン、三重にきてからは中日ファン巨人ファンに囲まれ周りにカープファンなどほとんどおらず(高校には奇跡的に1人いました、彼とは今でも現地観戦したり仲良くしています) 、反骨精神でより一層カープを応援するようになりました。

2016年、カープは25年ぶりにセ・リーグを制し沸きに沸きましたが、2013年当時、カープは1997年以降Aクラスから遠ざかっていて、Aクラス入りは優勝並みに待ち焦がれていたことでした。

日ごろから毎日の試合結果を新聞で確認するというルーティーンは実家にいた頃は昔から常にありましたが、次第に3位以上、Aクラス以上が現実味を帯びてくると、テレビでカープ戦がやっていたら野球中継もがっつり見るようになってしまいました。

カープのAクラス入りが確定した試合は9月25日のナゴヤドームでの中日戦で、東海エリアでは地上波で放送されていました。当時在籍していた先発のバリントンが0を並べ、エルドレッドが浅尾から決勝の2ランホームラン。あの時は画面越しに泣いてました。恐らく母親は「こいつほんまに受験生か?」と冷ややかな目でみていたんだろうと思います。

そしてクライマックスシリーズの試合もすべてテレビ前に張り付いて観ていました。

阪神とのCS1stステージ2試合、巨人とのCS2ndステージ3試合、計5試合をがっつりテレビ前で観た記憶があります。1試合3時間くらいはあるわけですから、かなりの時間をカープに割いていたことになります。

端的に申し上げて、新聞上で試合結果を確認する程度に留めておくべきでした。優先順位はハッキリしているのに、甘えてしまいましたね。

 

この段階で、すでにこいつ東大に受かるのか?感が徐々に漂ってきたかと思いますが、今だから分かる当時の最大の不合格の原因があります。

 

それは、大学受験よりも知的好奇心を満たしたいという衝動が勝ってしまったことです。それほど勉強の進度にゆとりがないにも関わらず、背を伸ばして高校以上のレベルの学問に手を出してしまいました。合格へとまっすぐに続く道から少しそれてしまったんですね。

具体的な参考書を挙げると、「月刊大学への数学」「原点からの化学」「新・物理入門」などです。これらの参考書は、とてもハイレベルな内容を扱っていて、それぞれ数学・化学・物理の本質に迫ることが出来ます。

もう合格への道筋が見えているというか、ある程度勉強の進度に余裕がある人が手を出すような参考書だったと今では思います。これら3シリーズは読み物系の参考書で、これらをやる代わりに、もっと問題演習をガンガンやるべきだったと思います。

とはいいつつも、カープがCSで敗退してからは勉強にのめりこみ、たまに東大の過去問を解いてモチベを高めながら勉強していました。

11月の東大レベル模試では駿台と河合塾のものを受けましたが、どちらもC判定とかで、まだまだ合格ラインには届かないものの、もうちょっと伸ばせばいけるんじゃないか?と手ごたえはありました。

12月半ばになると、センター試験対策の勉強を始めました。ただ、

東京大学の入試における配点
センター試験110点 二次の筆記試験440点

と、センター試験と二次試験の点数の割合は1対4となっていて、センター試験の比率はそれ程大きくありません。なので、センター試験でこけるわけにはいかない!と死に物狂いになるわけではなく、淡々と対策をしていました。

ただ、世界史に時間を割きすぎました。もともと着実に勉強していたので安定して90点以上取れるだけの力があったにも関わらず、100点をとることに拘り過ぎてしまいましたね。まあこれは自分の美学を追い求めた結果ですかね。。非合理的ですが。

さて、センター試験本番、初日の国語以外はかなり順当にできました。自己採点は1日目に世界史だけ気になってしてしまいました。95点と100点は取れませんでしたが破綻はしていなかったので落ち着いて2日目を迎えることが出来ました。

ただ、1日目終了時に自己採点をすることはあまりお勧めしません。やらかしてしまっていたら気が気じゃないと思います。

2日間のセンター試験が終わり、自己採点をしてみると、国語が100点ちょっとと大きく躓いてしまい5教科7科目合計で900点満点中の775点でした。つまり得点率約86%。東京大学を受験する一つの目安が90%。

二次試験の配点が大きい東京大学、志望を変える気などさらさらなく、前期日程は東京大学理科Ⅱ類(農学部・薬学部相当、進路振り分け制度により他学部への進学も可能っちゃ可能)に出願しました。

ただ、僕はとりあえず東京大学に入りたかったので、理科Ⅰ類に出願するか理科Ⅱ類にするかすこし考えました。なぜならⅠ類とⅡ類では合格最低点が毎年拮抗しているからです。僕の受験した年は結局理科Ⅰ類の最低点の方が低かったですが。

国公立の中期試験は出願せず、後期試験では広島大学の理学部化学科に出願しました。後期試験が実質すべり止めになり得ると考えていたので、私立大学には一切出願しませんでした。今思えばかなりギャンブルめいたことをしています。

終わってしまったものはしょうがないということですぐに二次試験の勉強にうつりました。

センター試験から国公立前期の二次試験までは約40日間あります。この間はひたすら東京大学の入試の過去問題を解き続けました。

 東京大学の二次試験は、2月の25日と26日の二日続けてありました。僕は24日に移動して会場を下見して試験に備えました。

試験の手ごたえはあまりよくなく、あーこれはもしかしてもしかするかもだなぁと、人がめちゃくちゃ多い東京に圧倒されてそそくさと新幹線にのって三重に帰りました。

本来ならばここから後期試験の対策を開始すべきでしたが、当時の僕は完全に後期試験を舐めきっていたので、すべり止めの私大に受かっている友人らと遊びほうけていました。違う境遇なのに同じように遊んでいる場合ではないだろ!おい!って感じです。

広島大学理学部化学科の後期試験の配点(当時)
センター試験600点(内訳:数学200点・化学200点・物理200点)
二次試験400点(化学だけで400点)

と極めて極端なもので、センター試験分で95%以上稼げていて、A判定も出ていて、二次試験の過去問もそれほど難しくなかったので、完全に舐めていました。

ただ、後期試験の怖いところは、前期試験で不合格だった人が流れてきて受験するので、受験者のレベルが非常に高いのです。センターリサーチでA判定が出たくらいでは安心はできないのです。また、前期試験で大勢新入生をとって後期試験では10人程度しかとらないなんてこともざらですので、当然受かりにくくなります。

結局、試験本番でも思っていたよりできなくて、「お?これはもしかしてもしかしてルートでは?」と帰りの新幹線でにわかに焦りだしました。進学先がないというのは結構ふわふわします。

そんで、結局不合格でした。親にはあきれられました。

高校3年・受験結果
国公立・前期 東京大学理科Ⅱ類 不合格
国公立・後期 広島大学理学部化学科 不合格

無念、全落ちしてしまいました。ありゃりゃのりゃ。今でこそ笑えますが、当時は気が気じゃなかったですね。行くところが無いわけですから。部活の顧問の先生にもう一年頑張るとういう旨を伝えにいった帰り道に、夜空を見上げたら東大にフラれた実感が急に湧いてきて、ぼろぼろ泣いてしまいました。

あと、東京大学の二次試験では希望すれば試験の点数を開示してもらうことができます。僕は開示の希望を出していなかったので、何点差で落ちたのかわかりませんでした。

このとき開示を請求していてめちゃくちゃ惜しかったりしたら東大を2年連続でうけてたかもしれなかったですね。

全落ちして宅浪

どこにも合格していないので、行き先がありません。我が家の教育方針は「大学までは出ろ」ということらしく、贅沢なことに浪人させていただけることになりました。合格発表が全て終わり全落ちが確定したのもつかの間、すぐ次の動きに移らなくてはなりません。そう、予備校選びです。

模試でわたくしが提供した個人情報によって家には予備校の案内が駿台や河合塾から届きました。とりあえず名古屋まで行って駿台、河合塾、代々木ゼミナールの説明会には参加しました。

ただ、どうも予備校と言うのは閉鎖的な空間であまり魅力的に感じませんでした。なんでこんな遠いとこまで通って高いお金払って授業受けなあかんねんと。過去の良書と真摯に向き合うのが勉強のあるべき姿なんちゃうかと。

ちなみに僕が行った予備校の説明会は駿台が一番マシでした。河合塾と代々木ゼミナールは「ここに通っても本当に力つくのか?」と不安になるほどでした。

ただ、やはり組織に所属した方が安心感があるとの理由で、両親は予備校に入るよう説得してくれました。ただ、僕の意見としては

1、これまでも塾に行かずに勉強してきたし独学でも勉強して合格を掴み取れる
2、最寄りの予備校が電車を使って1時間半かかるし無駄が多い
3、予備校代は高すぎる(夏期・冬期講習代などを含めると100万円前後)

などの理由から宅浪を選択したいと言って譲りませんでした。周りが大勢選ぶ選択肢は選びたくないというのも理由の一つでしたが、一番の理由は親に金銭的に負担をこれ以上かけたくないというものでした。

どうやって浪人するかの話し合いはかなり時間をかけて行われました。僕は高校3年生の時どうして東大に合格できなかったのか、宅浪の1年をどうやって過ごせば第一志望に合格できるかを徹底的に考え、そのプランを両親に力説しました。このとき各科目についてしっかり取り組み方を考えておいたのは後々役に立ちました。

当時は東大にフラれたショックをまだ引きずっていたので、単純に日本の2番目の大学扱いされがちな京都大学に志望をとりあえず変えました。学部学科は未定でした。

結局、圧倒的な実力を示したら志望校を受験させてあげる、無謀な受験はさせないという条件で宅浪させてもらえることになりました。

条件をもっとかみ砕いて言うと、「模試でずっとA判定出せるくらいの力があるなら受けさせてあげる」ということです。

他にもいくつか両親との間に決め事を設けました。

1、家事の手伝いをする(風呂の掃除や犬の散歩)

2、晩御飯が何か聞かない(僕が執拗に晩御飯の献立を母親に聞くようになり母親がストレスを感じるようになったから)

3、模試はちゃんと受ける

4、教材を買うときはそのテキストの使い方を説明する

5、リビングに居座らない

6、カープに溺れない

これら以外にも自分との約束で

1、毎日勉強する(勉強しない日を設けない)

2、筋トレする

3、タブレットをいじり過ぎない

4、絶対第一志望に合格する

などを決めました。覚えている範囲ですが。

 

宅浪時代にどこで勉強していたかと言うと、図書館と自宅ですね。図書館では顔なじみの社会人の方が出来たりして結構通うのは楽しかったです。

さらに、図書館で勉強するときは気分転換にたくさん本を読みました。ここで色んな分野の本を読む中で、自分が大学に進んでやりたいことがはっきりしてきました。

家の近くに図書館があって本当に良かったです。1年で100冊弱の本を読みました。このときに読んだ本が今の自分の思考回路の源流になっているような気さえします。

あと、8月には河合塾主催の京大オープン模試を京都大学で受験しました。そのとき京都の市街地の中心を流れる鴨川沿いを散策して、その雰囲気に心奪われました。この町に住んでみたい、と思いました。このころに正式に自分の中で第一志望が京大になりました。

 勉強の進め方は、基本的に高校の頃と同じ教材を使い習熟度を高めていきました。

物理や化学はたくさん問題を解くために新しい問題集を追加で買いました。

数学はチャート式を改めて体に染み込ませてできない分野を無くしました。

英語は単語やリスニングの時間を休憩時間に入れて英語に触れる時間を減らさないように努めました。

国語は、、あまり対策はしませんでした。強いて言うなら古文の単語。二次試験対策ではストレスをためないようにとにかく空欄を埋める練習をしました。

世界史は現役の時にやり過ぎたので、センター型式の模試の直前に復習する程度でした。センター直前には再度詰め込みました。

また、月に2年分ほど京都大学の二次試験の過去問を、時間を本番と同じ設定で解くようにして、目標との距離感を計るようにしていました。自分流で自己採点もして。このおかげで極端にやる気がなくなる時期というのはありませんでした。

あと、結構遊びました。読書もそうだし、近所の川で魚やカワエビを捕まえたりして飼っていました。あとアニメにもハマりました。

模試も楽しみなイベントの一つでした。成績が落ちたらどうしよう、といつも苦しい気持ちにもなっていましたが、模試の会場にいくと同じく宅浪の高校同期の友人に会えて終わり際に一緒に晩御飯を食べたりしていました。友人との時間は本当に気分転換になりました。

宅浪していて予備校いいなと思ったのは、友達が新しくできそうなところです。宅浪だと基本的に新しい知り合いなんてのは図書館の司書さんくらいしかできなかったので、11月ごろになると本格的に予備校がうらやましくなりました。

2回目のセンター試験。

現役の時は国語でやらかしてしまいましたが、2回目はもはや国語にはもともと全然期待していませんでした。200点中の120点あればいいやというくらいの気持ちで受けました。900点中の822点、京都大学の農学部の配点だと350点中の315点でした。センターリサーチでもA判定がでて、自信をもって出願!

とはいかず、京都大学の農学部か工学部か、どちらにするかで締め切りギリギリまで迷いました。センターと二次試験の配点の比率が若干違ったりどの分野を自分が本当にやりたいか、等で葛藤しました。

京都大学農学部の配点
センター350点 二次試験700点
京都大学工学部の配点
センター200点 二次試験800点

結局、農学部の方が女子の割合が多いという噂を耳にして農学部に出願しました。

 

2回目の二次試験、今回はもう過去問もほとんど解きつくしていたので、過去に解けなかった問題や苦手な分野など、復習を徹底的にやりました。

模試で成績上位になると、模試の成績と一緒に帰ってくる冊子に名前が掲載される場合があります。僕は8月と11月にある京大レベル模試、合計4回すべてでA判定が出ていて、なおかつ冊子に成績上位者として名前が載ったこともあり、二次試験には圧倒的な自信がありました。とにかくやらかさないようにさえすれば受かる、と。

ただ二次試験本番は色々やらかしてしまいました。お腹の調子が悪くて一番最初の国語の試験開始直後にトイレに駆け込んで10分ロスしたり、英語でとんでもない勘違いをしたまま和訳してしまったり。

2日目の試験が終わってから、さあ帰ろうというときに各予備校が解答速報を配っていて、ついつい見てしまいました。英語やらかしとるやないかーい。

でも今回は高3の時とは違ってちゃんと中期試験に備えて勉強しました。中期試験の会場では同じく京都大学を受験した高校同期とも久しぶりに再開し、ちょっと気持ちが和みました。

 その中期試験の2日後、京都大学の合格発表。京大にはいかずネットで合否を確認しました。アクセスが集中していて12時から5分ほど遅れて自分の受験番号をみつけました。

「うわああああああああやったああああああああああ」

勢いあまってそばにいた妹に抱き着いてしまいました。そのあと、最初に母親に電話して、父親にメールして、高校にも挨拶行かなきゃなあと合格の余韻に浸っていたら、先制パンチ、高校から合否を確認する電話がかかってきました。一気に興ざめして冷静になりました。そんなこんなで

宅浪時代・受験結果
国公立前期 京都大学農学部 合格
公立中期  大阪府立大学工学域 結果出ず
国公立後期 広島大学工学部 不受験
私立大 同志社大学理工学部(センター利用) 合格
    立命館大学理工学部(センター利用) 合格

 無事、進学先確保。これにて大学受験、終了。

 

この体験談を書いていて、かなりわがまま言ってるなあと、改めて思いました。言葉にできない色々な感情が渦巻きますね。

宅浪というのは勇気がいる決断だと思います。もし何か僕に聞いてみたいこととかあったら、Twitterとかで連絡をくだされば、何らかのアドバイスはできると思います。

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