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オレ部

京大生のひとり部活動、その名もオレ部!

高3全落ちからの宅浪で京都大学に合格した話

まず、僕は少々特殊な受験遍歴をもっています。というのも、東京大学と京都大学の両方を受験したことがあります。

東京大学と京都大学を受験した、というのだけでも珍しいですが、それだけでなく、予備校に行かず自宅を中心に勉強する、いわゆる宅浪でした。

予備校によって宣伝の為に合格体験記を半ば強引に書かされる予備校生と比べて、宅浪の合格体験の話は予備校に所属していない故に、世に出る宅浪経験者の受験報告はとても少ないです。

僕自身、浪人中はネットで当時の自分と同じ東大京大志望の宅浪の方がやっていたブログなどを読んで勉強方法などを参考にさせていただいていました。

なので、次は自分がサンプルを提供する番だ!ということで、今回、初めて合格体験記を書いてみようと思います。

 

宅浪で第一志望を目指そうという人、京都大学・東京大学レベルの最上位国公立大を目指そうという人には多少役立つかも知れません。

 

また今回は、どんな参考書を使えばいい!とかではなく感情的な揺れ動きを中心に記します。ある種自分の中で一つの区切りをつけるという意味でも書こうと思うので、かなり雑な文章になると思いますが、よろしければお付き合いよろしくお願いします。

小学生時代、転校、中学受験

小学校5年の秋に広島県から三重県に引っ越し、それに伴い転校しました。

小学校の高学年というのは多感な時期です。広島の仲の良い友人らと別れて全く知らない地である三重に移ってゼロから人間関係を築いていくのは、当時の僕にとってはとても受けれ難い現実でした。

広島にいた頃はキャンプの実行委員になったりクラス委員になったりリーダーシップを発揮する方でした。三重に移ってからは暖かく歓迎してくれる友人もいましたが、広島弁を小馬鹿にされたりすることもあり、すっかり内気な少年になってしまいました。

小学校では図書室が一番居心地がいい場所でした。「解決ゾロリ」シリーズ、「ズッコケ三人組」シリーズや学習用の漫画を読み漁りました。特に好きだったのはNHKの名番組、プロジェクトXの漫画です。

www.ohzora.co.jp

当時から勉強は好きでした。勉強が好きと一口にいうと、「ガリ勉か!」となりますが、学ぶことによって自分の知の領域が広がり、新たな楽しみに触れることが出来る喜びは何物にも代えがたいです。

さて、そんな中、家も近く仲の良かった友人が中学受験指導塾に通っていて、僕を誘ってくれました。

塾での勉強内容は小学校で教えられることよりも圧倒的に量が多く、とてもワクワクするものでした。周りよりも進んだ勉強をしているという優越感、勉強出来たら周りに褒められる。僕は勉強にハマりました。

両親は共に公立中学出身で、もともと中学受験には否定的でしたが、塾に通い始めてから、三重に引っ越して以来内気だった僕がイキイキしだした様子を見て、中学受験をサポートしてくれました。

当時は塾の用意してくれたプランに従順にしたがって勉強していました。主体的ではなく受動的な勉強、とでも言いましょうか。与えられたテキストを淡々と吸収していくカンジ。

中学受験に無縁な人からみると、小学生が嫌々勉強をさせられているようにも見えるのかもしれませんが、僕の場合はそうではなく、むしろ友人らと点数を競い合って楽しく勉強していました。

結果、難なく第一志望の中学に合格できました。

中学3年間

県内では進学実績で有名な中高一貫6年制の私立校に通っていました。入学当初は周りの生徒のレベルも高く学校生活に慣れるのに必死でした。

しかし6年制あるあるだと思いますが、高校受験は無く、中学2年から高校1年にかけてはかなり中だるみしていました。漫画を読みふけったり、ゲームを夜更かししてしたり。今思い出すと、この時期はかなりもったいなかったですね。

6年制ということで、高校3年生の先輩の進学実績なんかも中学生ら下級生の耳に入ってきたりはしましたが、中学生の頃は先輩方の合格していく大学は雲の上の存在だと思っていました。

大学との距離感、すなわちどの大学に合格するにはどれほどの学力が必要か、といった情報を全然知らなかったのです。それで、漠然と生まれ故郷の国立大学、広島大学に合格出来たら御の字だろうと。このころは東大京大を目指すレベルにまで到達するとは思ってもいませんでした。

今になって思うのは、せっかくの6年制なんだから中学のうちから色んな大学や、大学進学以外の選択肢も提示したほうが生徒の為になるのではないかということです。どんな大学や就職先などでも、雲の上の存在ではないと気づかせることが非常に大事だと思います。

また、中学の時は3年間ずっと帰宅部でした。1年の最初は野球部に入ろうかと思っていましたが馴染めずに辞めました。勉強もろくにせず、学年での順位は中2のとき200人中130番くらいでした。

ただ、友達と競い合うことで中3の時には200人中50番くらいにまでジャンプアップできました。中学受験のときと同様、やはり競争は大事です。

ちなみに塾には小学校以来、中学高校と通いませんでした。この6年間、塾に通わずに自分で計画を立てて勉強する習慣があったからこそ宅浪も可能だったような気がします。

高校1年

中学時代に仲良くなった友人の誘いもあり、陸上部に入って長距離を始めました。これが僕のこれまでの人生における大きな転機となりました。

部活では、健全な体作りだけでなく、自分の心を律する術を学びました。特に長距離という忍耐が要る競技でしたので、相手に不快感を与えない振る舞いとかは身につきました。

あとなんていってもご飯がおいしく食べられるようになったのが大きかったです。「いただきます」「ごちそうさま」ほど生を実感する瞬間は無いです。

勉強面

部活を始めると勉強をする時間が減ると思われがち。たしかに週6で2~3時間の部活動、時間は取られます。しかし、逆に部活に縛られることで、一日のうち勉強に残された時間がはっきりし、緊張感をもって勉強に取組めていました。6時に起きて登校までに予習をして、授業は多少うたた寝しながら受けて、部活で身体を動かす体を動かし、通学の時間は単語を覚え、帰宅し夕食入浴を済ませ宿題をこなし12時に寝る。生活にメリハリが出来、成績も徐々に上向いてきました。

なので、部活動をやっている生徒の成績が少し振るわないからといって部活動が原因だと決めつけて部活を辞めさせるのは、極めてナンセンスだと思います。

高1の時はまだ東大に特化した勉強はしていませんでした。ただ、英単語などをこつこつやり授業も真面目について行っていたので、受験における下地、基礎体力は徐々に身についてきていました。

高校2年

貧血などであまり走れない時期があり、その時期に競歩を始めました。最近急激に競技レベルが上がりつつある競歩ですが、当時は完歩(失格にならずに歩ききること)さえできれば県内では入賞が狙えるチャンスがあったので、俺でも行けるんじゃね?という下心丸出しで競歩に専念することにしました。あと人生初の彼女が出来たりしてかなり調子に乗っていました。ただ、デリカシーが無さ過ぎてそんなに長続きしませんでした。苦笑。

勉強面

中高一貫の強み、高校2年までに数学と英語は大方高校の範囲が全て終わり、理科に関しても恐らく公立高校より早い進度だったはずです。まだまだ本格的には東大対策はやっておらず、東大受験生の間では有名な英単語帳、「鉄壁」を買って覚え始めました。

hiroacademia.jpn.com

ここで、僕が高校時代に東京大学を志望した理由を述べておきます。

一番の理由は、日本一の大学を目指そうと思ったからです。大学に行ってやりたいことがまだはっきり決まっておらず、入学後に先行する分野・学科を選べる進路振り分け制度を東京大学が採用していたのも当時は魅力的に思えました。

ただ、実際に東京大学に入学した先輩や友人の話を聞いていると、そうそううまく自分の第一に志望する学部学科に進めるというわけではなく、大学での成績をもとに進路の可否を決める故に、大学に入ってからも受験勉強のようなハードな勉強をしなくてはならないという説もあります。

また、大学入学後にそれは同じ陸上部の長距離パートに、京都大学を志望する友人がいたのも大きかったです。彼はすこぶる勉強ができる奴で、それだけじゃなくて彼も高校から陸上を始めたのに足も速くて、僕は勝手にライバル視していました。彼が京大を目指すなら、俺は東大だ!とひとりで盛り上がっていました。

高校3年

6月までは部活をやっていました。最後のインターハイ予選の県大会で入賞出来て、賞状を貰うことができました。本当に陸上部に入って良かったと、つくづく思いました。

部活を辞めてからは勉強中心の日々が始まるわけですが、運動しなくなり食事量は変わらなかったため、高校卒業ごろには体重が10キロほど増えてしまいました。

勉強面

部活を引退し、いよいよ勝負の時間。引退直後東進の東大レベル模試を受験しました。結果はE判定。440点満点のうち、130点にも満たない点数でした。

ただ、東京大学の入試問題はそれ相応に難しいので、半分一寸とることが出来れば十分に合格が狙えます。また、部活を辞めて勉強に本格的に打ち込めばまだまだ伸びると信じて、それほど落ち込むことはありませんでした。

僕は予備校に行っていなかったので、基本的に高校、自宅、近所の図書館で勉強していました。勉強を進めるにつれて、各場所でやる勉強方法のすみわけが出来てきました。

高校や図書館ではまとまった時間をとって問題演習、自宅では声に出しながら暗記系、といったように。浪人時代は高校という選択肢が無くなって図書館メインになるわけですが、当時は気分転換や休日の日に利用する程度でした。

そうこうしているうちに夏休みがやってきました。

現役生にとっては、夏休みが受験の総本山などと言われることもありますが、僕はとりあえず量をこなさなくては!と思い、40日弱の夏休みで500時間勉強することを目標に設定しました。ストップウォッチで勉強時間を一日ごとに計り、それを合計していきました。

このころはまだ東大の過去問などには手を出さず、発展的な問題を解くためには必要不可欠な受験の基礎特体力を増強することを意識して勉強していました。

英数はもちろん、特に、まだ高校の範囲も少し残っていて完成度が低かった理科、物理と化学の基礎をしっかり身につけるように努めました。物理化学は勉強の成果が如実に模試などであらわれるので、勉強のモチベも高かったです。

国語はと言いますと、現代文に関しては知らない漢字が出てきたら覚える程度で特に対策を取らず、古典漢文の構文や単語などを覚えるように努めていました。

最終日に時間が少々足りず3時ぐらいまで無茶して机に向かったことを鮮明に覚えています。結果的にリスニングを聞いてる時間も勉強中や!とかいろいろ設定を緩めましたがなんとか達成できました。

夏休み終わりには、勉強のモチベーションにもなっていた、当時ハマっていて今でもよく聴くB'zのライブに名古屋まで行きました。詳しいことを言うと、B'z LIVE-GYM Pleasure 2013 ENDLESS SUMMERの名古屋ドーム公演初日ですね。このライブが僕の人生初ライブでした。

当時東大合格ラインまでぎりぎりのところだなーもっと成績あげてくぞー!と意気込んでよくB’zの「ギリギリchop」を聴いていましたが、実際にライブで生で聴けてとても感動しました。

3時に寝て3時間ほどで起きて学校に向かい、午前中だけの始業式やら授業やらを受けてから大急ぎで名古屋に向かい、物販でTシャツやらタオルやらを買って、ライブ本番では叫びまくって盛り上がって、くたくたで終電間際の列車で帰り、興奮冷めやらずなかなか寝付けず。

その次の日は恐らく高校で唯一遅刻した日だと思います。あまり褒められた話ではありませんね。

いまでも当時の記憶は鮮明に思い出されます。夏休み終わりにちょうどいいタイミングで息抜きができたと思うし、当時もそう思ってすぐに勉強モードに戻ろうとしたはずです。

 

ですが、ここで予想外のハプニングが起こります。そう、カープが大躍進したのです。

僕は広島生まれということもあり、もともとカープファン、三重にきてからは中日ファン巨人ファンに囲まれ周りにカープファンなどほとんどおらず(高校には奇跡的に1人いました、彼とは今でも現地観戦したり仲良くしています) 、反骨精神でより一層カープを応援するようになりました。

2016年、カープは25年ぶりにセ・リーグを制し沸きに沸きましたが、2013年当時、カープは1997年以降Aクラスから遠ざかっていて、Aクラス入りは優勝並みに待ち焦がれていたことでした。

日ごろから毎日の試合結果を新聞で確認するというルーティーンは実家にいた頃は昔から常にありましたが、次第に3位以上、Aクラス以上が現実味を帯びてくると、テレビでカープ戦がやっていたら野球中継もがっつり見るようになってしまいました。

カープのAクラス入りが確定した試合は9月25日のナゴヤドームでの中日戦で、東海エリアでは地上波で放送されていました。当時在籍していた先発のバリントンが0を並べ、エルドレッドが浅尾から決勝の2ランホームラン。あの時は画面越しに泣いてました。恐らく母親は「こいつほんまに受験生か?」と冷ややかな目でみていたんだろうと思います。

そしてクライマックスシリーズの試合もすべてテレビ前に張り付いて観ていました。

阪神とのCS1stステージ2試合、巨人とのCS2ndステージ3試合、計5試合をがっつりテレビ前で観た記憶があります。1試合3時間くらいはあるわけですから、かなりの時間をカープに割いていたことになります。

端的に申し上げて、新聞上で試合結果を確認する程度に留めておくべきでした。優先順位はハッキリしているのに、甘えてしまいましたね。

 

この段階で、すでにこいつ東大に受かるのか?感が徐々に漂ってきたかと思いますが、今だから分かる当時の最大の不合格の原因があります。

 

それは、大学受験よりも知的好奇心を満たしたいという衝動が勝ってしまったことです。それほど勉強の進度にゆとりがないにも関わらず、背を伸ばして高校以上のレベルの学問に手を出してしまいました。合格へとまっすぐに続く道から少しそれてしまったんですね。

具体的な参考書を挙げると、「月刊大学への数学」「原点からの化学」「新・物理入門」などです。これらの参考書は、とてもハイレベルな内容を扱っていて、それぞれ数学・化学・物理の本質に迫ることが出来ます。

もう合格への道筋が見えているというか、ある程度勉強の進度に余裕がある人が手を出すような参考書だったと今では思います。これら3シリーズは読み物系の参考書で、これらをやる代わりに、もっと問題演習をガンガンやるべきだったと思います。

とはいいつつも、カープがCSで敗退してからは勉強にのめりこみ、たまに東大の過去問を解いてモチベを高めながら勉強していました。

11月の東大レベル模試では駿台と河合塾のものを受けましたが、どちらもC判定とかで、まだまだ合格ラインには届かないものの、もうちょっと伸ばせばいけるんじゃないか?と手ごたえはありました。

12月半ばになると、センター試験対策の勉強を始めました。ただ、

東京大学の入試における配点
センター試験110点 二次の筆記試験440点

と、センター試験と二次試験の点数の割合は1対4となっていて、センター試験の比率はそれ程大きくありません。なので、センター試験でこけるわけにはいかない!と死に物狂いになるわけではなく、淡々と対策をしていました。

ただ、世界史に時間を割きすぎました。もともと着実に勉強していたので安定して90点以上取れるだけの力があったにも関わらず、100点をとることに拘り過ぎてしまいましたね。まあこれは自分の美学を追い求めた結果ですかね。。非合理的ですが。

さて、センター試験本番、初日の国語以外はかなり順当にできました。自己採点は1日目に世界史だけ気になってしてしまいました。95点と100点は取れませんでしたが破綻はしていなかったので落ち着いて2日目を迎えることが出来ました。

ただ、1日目終了時に自己採点をすることはあまりお勧めしません。やらかしてしまっていたら気が気じゃないと思います。

2日間のセンター試験が終わり、自己採点をしてみると、国語が100点ちょっとと大きく躓いてしまい5教科7科目合計で900点満点中の775点でした。つまり得点率約86%。東京大学を受験する一つの目安が90%。

二次試験の配点が大きい東京大学、志望を変える気などさらさらなく、前期日程は東京大学理科Ⅱ類(農学部・薬学部相当、進路振り分け制度により他学部への進学も可能っちゃ可能)に出願しました。

ただ、僕はとりあえず東京大学に入りたかったので、理科Ⅰ類に出願するか理科Ⅱ類にするかすこし考えました。なぜならⅠ類とⅡ類では合格最低点が毎年拮抗しているからです。僕の受験した年は結局理科Ⅰ類の最低点の方が低かったですが。

国公立の中期試験は出願せず、後期試験では広島大学の理学部化学科に出願しました。後期試験が実質すべり止めになり得ると考えていたので、私立大学には一切出願しませんでした。今思えばかなりギャンブルめいたことをしています。

終わってしまったものはしょうがないということですぐに二次試験の勉強にうつりました。

センター試験から国公立前期の二次試験までは約40日間あります。この間はひたすら東京大学の入試の過去問題を解き続けました。

 東京大学の二次試験は、2月の25日と26日の二日続けてありました。僕は24日に移動して会場を下見して試験に備えました。

試験の手ごたえはあまりよくなく、あーこれはもしかしてもしかするかもだなぁと、人がめちゃくちゃ多い東京に圧倒されてそそくさと新幹線にのって三重に帰りました。

本来ならばここから後期試験の対策を開始すべきでしたが、当時の僕は完全に後期試験を舐めきっていたので、すべり止めの私大に受かっている友人らと遊びほうけていました。違う境遇なのに同じように遊んでいる場合ではないだろ!おい!って感じです。

広島大学理学部化学科の後期試験の配点(当時)
センター試験600点(内訳:数学200点・化学200点・物理200点)
二次試験400点(化学だけで400点)

と極めて極端なもので、センター試験分で95%以上稼げていて、A判定も出ていて、二次試験の過去問もそれほど難しくなかったので、完全に舐めていました。

ただ、後期試験の怖いところは、前期試験で不合格だった人が流れてきて受験するので、受験者のレベルが非常に高いのです。センターリサーチでA判定が出たくらいでは安心はできないのです。また、前期試験で大勢新入生をとって後期試験では10人程度しかとらないなんてこともざらですので、当然受かりにくくなります。

結局、試験本番でも思っていたよりできなくて、「お?これはもしかしてもしかしてルートでは?」と帰りの新幹線でにわかに焦りだしました。進学先がないというのは結構ふわふわします。

そんで、結局不合格でした。親にはあきれられました。

高校3年・受験結果
国公立・前期 東京大学理科Ⅱ類 不合格
国公立・後期 広島大学理学部化学科 不合格

無念、全落ちしてしまいました。ありゃりゃのりゃ。今でこそ笑えますが、当時は気が気じゃなかったですね。行くところが無いわけですから。部活の顧問の先生にもう一年頑張るとういう旨を伝えにいった帰り道に、夜空を見上げたら東大にフラれた実感が急に湧いてきて、ぼろぼろ泣いてしまいました。

あと、東京大学の二次試験では希望すれば試験の点数を開示してもらうことができます。僕は開示の希望を出していなかったので、何点差で落ちたのかわかりませんでした。

このとき開示を請求していてめちゃくちゃ惜しかったりしたら東大を2年連続でうけてたかもしれなかったですね。

全落ちして宅浪

どこにも合格していないので、行き先がありません。我が家の教育方針は「大学までは出ろ」ということらしく、贅沢なことに浪人させていただけることになりました。合格発表が全て終わり全落ちが確定したのもつかの間、すぐ次の動きに移らなくてはなりません。そう、予備校選びです。

模試でわたくしが提供した個人情報によって家には予備校の案内が駿台や河合塾から届きました。とりあえず名古屋まで行って駿台、河合塾、代々木ゼミナールの説明会には参加しました。

ただ、どうも予備校と言うのは閉鎖的な空間であまり魅力的に感じませんでした。なんでこんな遠いとこまで通って高いお金払って授業受けなあかんねんと。過去の良書と真摯に向き合うのが勉強のあるべき姿なんちゃうかと。

ちなみに僕が行った予備校の説明会は駿台が一番マシでした。河合塾と代々木ゼミナールは「ここに通っても本当に力つくのか?」と不安になるほどでした。

ただ、やはり組織に所属した方が安心感があるとの理由で、両親は予備校に入るよう説得してくれました。ただ、僕の意見としては

1、これまでも塾に行かずに勉強してきたし独学でも勉強して合格を掴み取れる
2、最寄りの予備校が電車を使って1時間半かかるし無駄が多い
3、予備校代は高すぎる(夏期・冬期講習代などを含めると100万円前後)

などの理由から宅浪を選択したいと言って譲りませんでした。周りが大勢選ぶ選択肢は選びたくないというのも理由の一つでしたが、一番の理由は親に金銭的に負担をこれ以上かけたくないというものでした。

どうやって浪人するかの話し合いはかなり時間をかけて行われました。僕は高校3年生の時どうして東大に合格できなかったのか、宅浪の1年をどうやって過ごせば第一志望に合格できるかを徹底的に考え、そのプランを両親に力説しました。このとき各科目についてしっかり取り組み方を考えておいたのは後々役に立ちました。

当時は東大にフラれたショックをまだ引きずっていたので、単純に日本の2番目の大学扱いされがちな京都大学に志望をとりあえず変えました。学部学科は未定でした。

結局、圧倒的な実力を示したら志望校を受験させてあげる、無謀な受験はさせないという条件で宅浪させてもらえることになりました。

条件をもっとかみ砕いて言うと、「模試でずっとA判定出せるくらいの力があるなら受けさせてあげる」ということです。

他にもいくつか両親との間に決め事を設けました。

1、家事の手伝いをする(風呂の掃除や犬の散歩)

2、晩御飯が何か聞かない(僕が執拗に晩御飯の献立を母親に聞くようになり母親がストレスを感じるようになったから)

3、模試はちゃんと受ける

4、教材を買うときはそのテキストの使い方を説明する

5、リビングに居座らない

6、カープに溺れない

これら以外にも自分との約束で

1、毎日勉強する(勉強しない日を設けない)

2、筋トレする

3、タブレットをいじり過ぎない

4、絶対第一志望に合格する

などを決めました。覚えている範囲ですが。

 

宅浪時代にどこで勉強していたかと言うと、図書館と自宅ですね。図書館では顔なじみの社会人の方が出来たりして結構通うのは楽しかったです。

さらに、図書館で勉強するときは気分転換にたくさん本を読みました。ここで色んな分野の本を読む中で、自分が大学に進んでやりたいことがはっきりしてきました。

家の近くに図書館があって本当に良かったです。1年で100冊弱の本を読みました。このときに読んだ本が今の自分の思考回路の源流になっているような気さえします。

あと、8月には河合塾主催の京大オープン模試を京都大学で受験しました。そのとき京都の市街地の中心を流れる鴨川沿いを散策して、その雰囲気に心奪われました。この町に住んでみたい、と思いました。このころに正式に自分の中で第一志望が京大になりました。

 勉強の進め方は、基本的に高校の頃と同じ教材を使い習熟度を高めていきました。

物理や化学はたくさん問題を解くために新しい問題集を追加で買いました。

数学はチャート式を改めて体に染み込ませてできない分野を無くしました。

英語は単語やリスニングの時間を休憩時間に入れて英語に触れる時間を減らさないように努めました。

国語は、、あまり対策はしませんでした。強いて言うなら古文の単語。二次試験対策ではストレスをためないようにとにかく空欄を埋める練習をしました。

世界史は現役の時にやり過ぎたので、センター型式の模試の直前に復習する程度でした。センター直前には再度詰め込みました。

また、月に2年分ほど京都大学の二次試験の過去問を、時間を本番と同じ設定で解くようにして、目標との距離感を計るようにしていました。自分流で自己採点もして。このおかげで極端にやる気がなくなる時期というのはありませんでした。

あと、結構遊びました。読書もそうだし、近所の川で魚やカワエビを捕まえたりして飼っていました。あとアニメにもハマりました。

模試も楽しみなイベントの一つでした。成績が落ちたらどうしよう、といつも苦しい気持ちにもなっていましたが、模試の会場にいくと同じく宅浪の高校同期の友人に会えて終わり際に一緒に晩御飯を食べたりしていました。友人との時間は本当に気分転換になりました。

宅浪していて予備校いいなと思ったのは、友達が新しくできそうなところです。宅浪だと基本的に新しい知り合いなんてのは図書館の司書さんくらいしかできなかったので、11月ごろになると本格的に予備校がうらやましくなりました。

2回目のセンター試験。

現役の時は国語でやらかしてしまいましたが、2回目はもはや国語にはもともと全然期待していませんでした。200点中の120点あればいいやというくらいの気持ちで受けました。900点中の822点、京都大学の農学部の配点だと350点中の315点でした。センターリサーチでもA判定がでて、自信をもって出願!

とはいかず、京都大学の農学部か工学部か、どちらにするかで締め切りギリギリまで迷いました。センターと二次試験の配点の比率が若干違ったりどの分野を自分が本当にやりたいか、等で葛藤しました。

京都大学農学部の配点
センター350点 二次試験700点
京都大学工学部の配点
センター200点 二次試験800点

結局、農学部の方が女子の割合が多いという噂を耳にして農学部に出願しました。

 

2回目の二次試験、今回はもう過去問もほとんど解きつくしていたので、過去に解けなかった問題や苦手な分野など、復習を徹底的にやりました。

模試で成績上位になると、模試の成績と一緒に帰ってくる冊子に名前が掲載される場合があります。僕は8月と11月にある京大レベル模試、合計4回すべてでA判定が出ていて、なおかつ冊子に成績上位者として名前が載ったこともあり、二次試験には圧倒的な自信がありました。とにかくやらかさないようにさえすれば受かる、と。

ただ二次試験本番は色々やらかしてしまいました。お腹の調子が悪くて一番最初の国語の試験開始直後にトイレに駆け込んで10分ロスしたり、英語でとんでもない勘違いをしたまま和訳してしまったり。

2日目の試験が終わってから、さあ帰ろうというときに各予備校が解答速報を配っていて、ついつい見てしまいました。英語やらかしとるやないかーい。

でも今回は高3の時とは違ってちゃんと中期試験に備えて勉強しました。中期試験の会場では同じく京都大学を受験した高校同期とも久しぶりに再開し、ちょっと気持ちが和みました。

 その中期試験の2日後、京都大学の合格発表。京大にはいかずネットで合否を確認しました。アクセスが集中していて12時から5分ほど遅れて自分の受験番号をみつけました。

「うわああああああああやったああああああああああ」

勢いあまってそばにいた妹に抱き着いてしまいました。そのあと、最初に母親に電話して、父親にメールして、高校にも挨拶行かなきゃなあと合格の余韻に浸っていたら、先制パンチ、高校から合否を確認する電話がかかってきました。一気に興ざめして冷静になりました。そんなこんなで

宅浪時代・受験結果
国公立前期 京都大学農学部 合格
公立中期  大阪府立大学工学域 結果出ず
国公立後期 広島大学工学部 不受験
私立大 同志社大学理工学部(センター利用) 合格
    立命館大学理工学部(センター利用) 合格

 無事、進学先確保。これにて大学受験、終了。

 

この体験談を書いていて、かなりわがまま言ってるなあと、改めて思いました。言葉にできない色々な感情が渦巻きますね。

宅浪というのは勇気がいる決断だと思います。もし何か僕に聞いてみたいこととかあったら、Twitterとかで連絡をくだされば、何らかのアドバイスはできると思います。

twitter.com

【イベント】東京大学漕艇部主催・総長杯レガッタに参加してきた。1964年東京オリンピックの会場でボートを漕げるチャンス!

こんにちは。カレッジスポーツとは無縁の生活を送ってきた、無果汁しぼりです。

いきなりですけど皆さん、ボート、漕いだことありますか?

 

僕は在りませんでした、そう、第63回総長杯レガッタに参加するまではー。

 

京都大学では後期のテスト期間真っ最中だったんですが、はるばる東京を超えて埼玉県まで行って総長杯レガッタに参加し、ボートを漕いできました。

 

今回は東京大学運動会漕艇部(ボート部)主催、総長杯レガッタの紹介です。

 

ボートを漕いでみたい人、熱い勝負をしてみたい人に特におすすめです。

 

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第63回総長杯レガッタ・概要

 

日時:1月28日(土)10:00~17:30(昼食はご持参ください。懇親会ではお菓子がでます)
場所:東京大学戸田艇庫(最寄駅:JR埼京線「戸田公園」駅)
人数:4人で1チーム編成となります
※個人での参加や4人未満でのご参加でも大歓迎です
参加費:東大生・運動会に入会している教職員の方々400円/一人、学外の一般の方々600円/一人
内容:⑴チームで250mレース×2回
   ⑵ローイングマシーン(エルゴ)を用いたエルゴリレー
   ⑶懇親会(自由参加です)
持ち物:運動しやすい服と靴(着替え場所あります)
    ダウンジャケット等あたたかい上着(水上競技のためとても寒いです、あたたかい恰好でお越しください)

東京大学運動会漕艇部HPから引用)

総長杯とは、東京大学の長、総長の名の下に行われる東京大学の団体主催のイベントです。総長杯野球大会や総長杯サッカー大会もあるようです。

レガッタとは、ボート競技全般を指す言葉です。

4人一組ということですが、僕は東大の3人の先輩と京大生一人というチーム構成で参加させていただきました。

 

 

東京大学戸田艇庫へのアクセス

 

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上記の通り、JR埼京線「戸田公園駅」で下車してから徒歩10分ほどで戸田公園漕艇場に着きます。

僕は初めて漕艇場というものに足を運びましたが、壮大なコースに、いきなりテンションがブチアガリました。

上の地図の両岸には様々な大学や企業の艇庫が所せましと並んでいます。東京大学の艇庫は南側の東の方にあります。

アクセス | 東京大学 漕艇部

ちなみに戸田漕艇場のすぐ南には東京都と埼玉県の境になる荒川があります。東大漕艇部は荒川でも練習を積んでいるようです。 

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総長杯レガッタの流れ

受付を済ませたあと、東大漕艇部の建物で運動向けの服装に着替えました。大学の部活の施設にお邪魔する機会なんて滅多にないので、テンション上がりっぱなしでした。

着替えたあとは開会式。漕艇部の方による準備体操、ボートの漕ぎ方のイロハのレクチャーがありました。

 

そしていよいよ、競技の方に移ります。

 

250mリレー×2回

午前と午後に1回ずつ、2チームごとに250メートル漕ぎました。

各レースの前には練習時間も長めに設けられていて、そこで部員のコックスの方が漕ぎ方の指導をしてくれました。

 

 ちなみに世界トップレベルはこんな感じです。

www.youtube.com

 2000mで6分を切るくらいですから、時速20キロ以上は出ている計算になります。

一般の人が陸上で走ってついていくのが難しいくらいのタイム。

 

エルゴリレー

ボートの世界には、陸上での練習用にエルゴというマシンが存在しています。オールを漕ぐのを再現してくれるマシンです。

www.concept2.jp

オリンピック会場でボートが漕げる

埼玉県北足立郡戸田町(現・戸田市)で開催された東京オリンピックのボート競技。戦争のため幻のオリンピックとなった1940年東京オリンピックにあわせて建設されたボートコースを再整備して競技は行われました。現在でも首都圏を代表するボートコースとして、大学や実業団のトップクラスの選手から、一般市民まで幅広く活用されています。

www.joc.or.jp

戸田漕艇場は1964年東京オリンピックのボート競技に使われた会場です。

オリンピックのボート種目は2000mの直線コースで争われます。

それに対応するために、直線のコースがずーーっと先まで続いています。

ただ、戸田漕艇場は現在の競技の諸々の企画に対応出来ておらず、2020年のボート競技は東京都江東区の海の森水上競技場で行われます。

 オリンピックの会場で一般の人がボートをこぐ機会はなかなか無いと思います。ぜひこの東京大学漕艇部主催の総長杯レガッタに参加してみては?

 

次回開催は12月23日

毎年漕艇部のオフシーズンの時期に行われているようです。

今回第63回の大会では残念ながら250mレースでもエルゴリレーでも「勝つ」経験が出来なくて、とても悔しい、消化しきれない思いを抱きました。

高校の頃、陸上部で日々タイムを縮めようとしていた日々を思い出しました。

僕にとって、闘争心を再び燃え滾らせてくれた総長杯レガッタでした。

 

あと、ボートを漕いだあとのご飯は、本当に身に沁みました。ごちそうさまでした。

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無果汁しぼりです。よろしくお願いします。

こんにちは、無果汁しぼりです。

 

今回は簡単な自己紹介をしたいと思います。

 

ハンドルネーム・無果汁しぼりの由来

なんでこんな名前にしたのかと言いますと、友達と有名ラーメン屋で列に並んでいた時、縛りを設けて、しりとりをすることになりました。

縛りというのは、食べ物だけでつなぐ!というもの。なんでもありにしてしまうとノープレッシャーで続いてしまいますからね。

最初は快調に続いていましたが、だんだん苦しくなる。そして僕に「む」が回ってきました。

む、む、むむむ。

「無果汁!」

厳密にいうと食べ物でもなんでもないんですけど、センスが良いということで認めてもらえました。

それから無果汁という言葉に愛着を抱き、今回ハンドルネームに採用してみました。

 

無果汁しぼりの趣味

自転車

2016年11月に、アルバイトで貯めたお金を使って、丸石サイクルから販売されている

エンペラー ツーリングコンダクター

を購入しました。

自転車は自分自身がエンジン、駆動源となります。自力で進んでいく感がクセになります。

これまでに100キロ超の一日旅を2回した程度ですが、これからもっと乗りまくっていきたいと思います。

 

野球観戦

生まれが広島で、広島東洋カープファンです。大学では先輩と一緒にカープファンのサークルを立ち上げました。かなり規模が大きくなってきて戸惑っています(笑)新入生を歓迎するようになって最初の年にカープがセ・リーグを制覇し、万感の思いでした。

 

大相撲観戦

白鵬が横綱に昇格したあたりから観ています。ただ最近は本場所の相撲中継の時間帯にテレビの前に居られなくて中々リアルタイムでは観れていません。

大学1年生の時に長野、松本を旅した時に、ご当地力士・御嶽海のポスターが貼ってあったのをみてから御嶽海を応援して居ます。

 

ラーメン巡り

大学生はラーメン食べがち。

大学から少し北に行ったところに、関西のラーメン激戦区として有名な一乗寺があります。その一乗寺にあるラーメン屋によく行きます。

特に「ラーメン荘 夢を語れ」や「池田屋」が好きです。

この前関東に行った際には初の本家ラーメン二郎池袋駅東口店やYume Wo Katare Tokyoにも行きました。もっといろいろ食べてみたいです。

4/2には叡山電鉄一乗寺駅からすぐのところにラーメン二郎京都店ができるということもあり、今後も楽しみがつきません。

 

ダム巡り

浪人中に図書館で「ダムマニア」という文字通りのマニア本を読んでからダムに興味をもつようになりました。国土交通省や水資源機構が管理するダムだ配られている簡易パンフレット「ダムカード」は10枚ちょっと集めました。

 

マンホール巡り

マンホールに地方ごとのイラスト、紋様があしらわれているのは日本ならではらしいです。こちらも簡易パンフレット「マンホールカード」というものがあり、こちらはまだ7枚くらいしか集められていません。

 

散歩

高校の時陸上部で今日はをやっていたこともあり、散歩が好きです。時間に余裕があれば、ちょっとした距離をバスに乗るなら歩いちゃえってなります。

 

鉄道

小学生の頃からひとりで近鉄地下鉄JRを乗り継いで祖父母の家に行ったりしていたので、色んな土地に行くのが好きです。いまは来年の春に廃線となる三江線にいつ行くか模索中です。

ラーメン二郎関西進出!京都店4月2日オープンへ。(2月23日追記。営業時間が明らかに)

ラーメン二郎が関西進出するそうです。

出店予定地は、正式発表はまだですが、上のアカウントのヘッダー画像にそれらしき位置が示されています。

twitter.com

現在明らかになっている情報

オープン:4月2日

場所:叡山電鉄・一乗寺駅から曼殊院道を東に徒歩1分の場所

ラーメン激戦区・一乗寺に二郎!

今回ラーメン二郎京都店が出店予定なのは、いわゆる一乗寺エリアです。一乗寺は、ラーメン屋が数多出店する、関西のラーメン激戦区として知られています。

二郎インスパイア系のお店も「夢を語れ」「池田屋」としのぎを削っています。

marugaricut.hatenablog.com

marugaricut.hatenablog.com

これまで二郎のお店は関東を中心に展開されていて、関西には今回の京都店が初の出店となります。 

そしてさらに激戦区・一乗寺に、待望の本家二郎上陸。本場の味が近所で味わえることになるということで、今からオープンが楽しみでなりません。

 

追記・営業時間が明らかに

ラーメン二郎京都店のTwitter公式アカウントから、営業時間、定休日が発表されました。

 遠方からの訪問となると金曜か土曜日が狙い目でしょうか。僕は京都在住ですので平日の比較的混雑していないと予想される月~木曜日を狙ってみようと思います。

【二郎系】夢を語れ東京店訪問記。京都の一乗寺店と徹底比較。

こんにちは。京都在住、月に2,3回は夢を語りに行く(名称未定)です。

 

東京でも夢を語りたい。

 

そんな皆さんにまず、夢を語れるラーメン屋さんを紹介します。

 

「ラーメン荘・夢を語れ」です。

 

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お店は京都のラーメン激戦区・一乗寺にあり2006年のオープン、先日オープン10周年も迎えました。

 

皆さん、ラーメン二郎をご存知でしょうか?ラーメン二郎とは、デカ盛り系のラーメン屋の本家と位置付けられてるお店で、関東を中心に店舗を構えています。最近は東北の仙台にも進出しています。

そんなラーメン二郎ですが、まだ関西に店舗は在りません。そんな中、関西圏で有名な二郎インスパイア系の店に「ラーメン荘」グループがあります。京都府左京区・一乗寺にある「夢を語れ」を中心に、大阪や兵庫、そして名古屋にも出店しています。

 

僕も下宿先から自転車で行ける距離に一乗寺エリアがあるので、夢を語れにはよく行きます。ラーメン激戦区として名高い一乗寺エリアの中で、僕が一番好きなラーメン屋です。

 

その「夢を語れ」が今回、関東進出することになりました。

 

お店の名前は「夢を語れ~Yume Wo Katare Tokyo~」

 

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本家二郎が関西進出するより先に、関西で人気の二郎インスパイア系の「夢を語れ」が関東進出。ただ、どうやら一乗寺店からの暖簾分けではなく、アメリカのボストンにある「夢を語れ」からの暖簾分けのようです。

www.yumewokatare.com

 

一乗寺に足しげく通う僕としては、これは行かないわけにはゆかぬ、東京に行く用事の合間に訪問してきました。

一乗寺の「夢を語れ」に行ったことはあるけど東京の「夢を語れ」にも行ってみたいという方や、そもそも「夢を語れ」ってなんだよ、という方に向けて。

 

アクセス

一乗寺店

叡山電鉄一乗寺駅からは徒歩で5分ちょっと。お店専用の駐車場所はありません。自転車はお店の前に数台よくおいてあります。遠方からの来訪のときは叡山電車が無難です。

東京店

都営三田線・白山駅から徒歩数分でお店に到着しました。アクセスはかなり良好。僕は東京駅から丸の内線・都営三田線を乗り継いでいきましたが、20分弱で駅まで付きました。

20時前ごろの白山駅周辺は人通りもそれほど多くなく、快適にお店へと足を運ぶことが出来ました。

 

外観・店内

 一乗寺店

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東大路通から少し入ったところにある店舗。平日は18時開店ですが開店直後に行くと基本的に行列ができています。列ができているときは先に食券を買ってから並びましょう。

 また、道路に向かって右隣りにはこちらも有名ラーメン店「天天有」があります。

店内はL字型のカウンターで、10席程度あります。木目調を基本とした落ち着いた雰囲気があります。また、ラーメンを食べながら携帯はいじらないで、という旨の張り紙もあります。

東京店

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2016年11月オープンの歴史の浅いお店ということもあって、とても綺麗です。鮮やかな青色。

そして 店内も青々としています。座席はこひらもL字型のカウンター。椅子一つ一つに他のラーメン荘の店の名前「夢を語れ」や「地球規模で考えろ」「歴史を刻め」「おもしろい方へ」などなど書いてあります。

メニュー

一乗寺店

基本はラーメン(730円)と大ラーメン(780円)、汁なし(780円)の3つで、ラーメン大ラーメンは豚の量が2倍の豚ラーメン(+150円)、4倍のダブル豚ラーメン(+250円)という選択肢も在ります。

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(写真は大ラーメン)

汁なしは温泉たまごが乗っていてプラックペッパーがきいた食べごたえのある1杯です。

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また、平日昼限定で「塩豚骨らーめん」(730円)もあります。こちらはまだ実食できていないので時間をつくって行きたいところ。

 

その他には持ち帰り豚500g(900円)、味付き卵(100円)、卵(生または温泉)、高田リオンCD+ラーメンセット(1500円)があります。

 

高田リオンさんはラーメン荘とのつながりが強いアーティストで、お店の名前がタイトルの歌を歌っています。因みに店内でもよく流れています。しんみりとした気分になるメロディーが僕は好きです。

twitter.com

東京店

ラーメン(750円)、豚ラーメン(950円)があります。大ラーメンの設定はありません。

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その代わりに、麺増し(+100円)があります。1㎏まで増せるそうです。ちなみにラーメンで300gです。

また、生卵が100円。

トッピング

ラーメンが出来たら、二郎系恒例の、「ニンニクいれますか?」と聞かれます。ここでニンニクの有無とお好みのトッピングをオーダーします。

一乗寺店

ニンニク・ヤサイ・アブラと・タレの量をオーダーできます。アブラは増しにすると別皿でやってきます。また、刻み玉ねぎを頼んでいる方も見かけたことがあります。

カウンターには七味が置いてあります。 

東京店

 概ね一乗寺店と同じですが、特筆すべきなのはタレは自分で調節するということ。というのもカウンターに醤油が置いてあってこれで味をお好みで調節できます。

一乗寺店のように「ニンニクアリのヤサイアブラカラメ」と唱えたら店員さんが丁寧に仕組みを教えてくれました。

カウンターには他にコショウもありました。

また、調味料持ち込み可の張り紙もありました。

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ルール・接客

一乗寺店

店内入り口左手に冷水器があって、その下に①おしぼり②箸③レンゲがありますので、これら3つとお水は自分で用意して着席する仕組みです。

食べ終わったらどんぶりと箸・レンゲ・コップをカウンター上にあげてから、おしぼりでテーブルを拭く。

お店を出た後に店員さんがカウンターを再度拭いていますが、来た時よりも美しく、立鳥跡を濁さず、きちんと拭いてから帰りましょう。おしぼりは冷水器下に入れる場所があります。

東京店

基本的に一乗寺店と同じですが、一乗寺店と比べて特筆すべき点が2つあります。

①水だけ用意して席に向かえばいい。箸とレンゲはカウンター上に置いてあるので、席に着いてから用意できます。

②おしぼりがない。完食後に机を拭くという一乗寺でのルーティーンがないのは少し違和感。

 

一乗寺店はスタッフが2人でテキパキとお店を回している印象。そこには職人気質溢れる、少し張り詰めた空気があります。

店長さんが丹精込めてつくってくれた一杯、心しておいしく食べよう、そんな気持ちになります。

 

それに対して東京店は4人(ただ僕の訪問時は研修中のアルバイトっぽい方が1名いたので基本は3名かも)。

お客さん一人一人に懇切丁寧、朗らかに接していて、一乗寺とのギャップに驚きました。

席まで店員さんが案内してくれるし、上着はハンガーにかけてくれるし、、。ここは高級料亭かなにかなのか!?と驚き。

店長さんはプロ野球チームDeNAベイスターズの投手だった小林公太だそうです。ベイスターズファンの方は小林さんに会うためにも一度訪問してみてはいかがでしょうか!

気になるラーメンのお味は?

一番気になるのは極論ラーメンの味でしょう。両店のラーメンを比較してみようと思います。 

 麺

一乗寺店のモチ麺に比べて、東京店の麺はすこしパサついた感をうけました。

ただ、麺の湯で具合は決して一定ではなく訪問ごとに若干異なるので一概に言える話ではないです。参考までに。

叉焼(豚)

一乗寺店と東京店の一番の違いはこの「叉焼(豚)」です。

量は東京店の方が1.5倍ぐらいあるような気がします。

一乗寺店のラーメンの豚は僕にとっては少し物足りず、たくさん食べたいときは「豚ラーメン」を食べるようにしています。

ただ、味は一乗寺店の方が上。一乗寺店の豚は赤身と脂身の部分のバランスがとれています。

それに対して、東京店の豚は味はしっかりしているものの、少しパサついていました。赤みの部分ばかりで脂身がほとんどなかったのが残念。

僕にとって背徳感を無視して食べるアブラは必須事項です。

アブラ

僕はよくアブラを増して別皿から少しずつかけていただきます。なのでアブラの味には敏感です。

ジューシーな一乗寺店に対して、ドライな東京店アブラ。

東京店のアブラよりも一乗寺店のアブラのほうが俺好みでした。

ヤサイ

 僕は大抵ヤサイを増します。そのマシの量が一乗寺店と東京店では違いました。一乗寺店は東京店のほうがマシの量が大人しめ。マシでもそれほど威圧感は感じませんでした。がっつり食べたいときはマシマシでもいいかもしれません。

どちらがおいしい?

僕は一乗寺店に軍配を上げたいと思います。完成度は一乗寺店の方が上、東京店はまだ試行錯誤の途中、まだまだ無限の可能性を秘めているという印象です。 

 

ただ、ラーメンの印象はあくまで僕個人の見解です。どちらも完成度の高い一杯であることに疑いの余地はないので、是非一度自分で足をはこんでみて実食してみてください!

 

夢を語れ東京店、オープン間もない時期に訪問できて良かったです。

夢を語れ東京店の、今後の進化から目が離せません。皆さんも是非夢を語ってみてください。

【イベント案内】日本コーヒーフェスティバルin下鴨神社

こんにちは。今回は、ちょっとした告知です。

 

1月29日に、京都府京都市、左京区の下鴨神社にて日本コーヒーフェスティバルが開催されます。

 

www.japancoffeefestival.com

 

 

全国津々浦々からコーヒー店が集い、そのお店の自慢のコーヒーが飲めるイベントです。コーヒー狂にはたまらないイベントですね。コーヒー以外にもフードの出店やさまざまなパフォーマンスもあるらしいです。未知数ですが一体どんなものなんでしょうか?

 

チケットには1杯無料券付いてきます。すなわち2杯目以降は入場券とは別に料金が発生することになります。ぷらっと寄ることができないのは少し残念ですが、全国から有名店が集っているのでそれも致し方ありませんね。

 

前売り券は全国のチケットぴあや各出店店舗にて販売中です。コーヒーが好きな方、コーヒーをもっと極めたい方、眠気覚ましだけとしての付き合いから一歩前進したいという方、ぜひどうぞ!

 

ただ、僕は当日所用があって残念ながら行けません(涙

残念!

 

2016冬・青春18きっぷ日帰り旅!播但線の寺前駅はいいぞ。

オレ的好きな駅ランキング暫定一位を紹介したいと思います(2017年1月6日現在)。JR西日本・播但線・寺前駅です。

 

播但線は電化区間と非電化区間があり、起点の姫路駅から終点の和田山駅までを直通する列車はありません。その電化・非電化の境界となる駅が寺前駅です。なので播但線を乗りつぶそうと思ったら、寺前駅で電車から汽車もしくは汽車から電車に乗り換える必要があるのです。

 

僕は一年前にこの寺前駅を初めて訪れましたが、雰囲気が気に入って、今回の旅でも途中下車してみました。

 

具体的に何がそんなに魅力的かと言いますと、まず汽車と電車の並びがみられるというのが一つありますね。しかも電車汽車ともに国鉄時代の風情溢れる車両です。

 

2015年12月10日に撮った写真

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モノクロにするといい感じになります。

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2016年12月23日に撮った写真

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うーんデジャヴ。これらの写真は本当にお気に入り。田舎の小さな駅でひっそりと行われる乗り継ぎの風景が好きです。

 

写真では左が電車、右が気動車なんですが、僕は右の車両に似た列車に乗って中学高校と通学していました。

 JR亀山駅にて。

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その車両はもうすでに引退してしまったので、もう今の通学路線ではみることが出来ません。ですが、この播但線寺前和田山間ではまだ実際に乗ることが出来るのです。むねあつ。

 

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車内は扇風機がついていたり、国鉄時代の面影が残っています。「いやお前国鉄時代に生まれてないだろ」と言われたらそれまでなんですけど、長年活躍している車両は独特の重みというかオーラを持っているんですよね。うん。はい。

 

さて、ちょっと脱線しかけましたが、、。僕が今まで訪問した2回はいずれも12月のクリスマス前の夜でした。ということでイルミネーションが飾ってあったのですが、見事に人がいないんですよね。自分ら以外。

 

2015年12月10日訪問時

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そんでこの前2016年12月23日訪問時

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この冬もイルミネーションあるかなーと行ってみるとちゃんとありました。

 

わざわざ人ごみに行かなくても寺前駅に行けばすんばらしいイルミネーションを独占できますぜ。

 

 

郊外の人が住んでいることを確認できる場所、というか、その地の人々の日常生活の一部を垣間見る体験が、狂おしいほど好きなのです。寺前駅の待合室の雰囲気なんかもとても良いです。

 

 といっても寺前駅周辺の散策には行ったことがありません。駅前にある居酒屋も気になってはいるのですが、あくまで乗り換え待ちでの途中下車なのでのんびりしたことはない。あと過去2回は夜、日が暮れてからの訪問だったので、次は昼間にも行ってみたい。

 

以上、寺前駅の紹介でした。

 

寺前駅をちょびっと散策した後、山陽本線・東海道本線の新快速をつかって姫路駅・三ノ宮駅で軽く食事をした後、京都駅に戻りました。

 

一日ぽっきりの旅行でしたがあちこち巡れて楽しかった。いろいろつめこんで正解でした。

次の春はどう18きっぷであそぼうか、今から楽しみです。