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オレ部

京大生のひとり部活動、その名もオレ部!

ビートたけし『たけしの死ぬための生き方』を読んで。

斎藤孝先生のおすすめ文庫300タイトルから、ビートたけし『たけしの死ぬための生き方』(新潮文庫)を手に取って読んでみた。

marugaricut.hatenablog.com

 

この本は、ビートたけしさんが交通事故で重体を負ったあとに病床で考えていたことをまとめた本である。1998年に出版された本とは思えない、とても新鮮な本だった。

 

一番共感し、それと同時に内省させられた文章がある。

日本人が、一番格安になったと感じるのは、ここ数年で、失礼ということを知らない人間が急増したということだね。誰も彼も、カメラを持ってれば、平気で人の顔の前にきて写す。昔はカメラ自体が少なくて持ってることがステータスだったから、「撮ってもよろしいですか」なんて聞いてきたものだよ。そう言われれば、「撮ってよ」とも言う。

 

とりあえず、失礼がどうだこうだについては、置いておこう。

なぜか分からないが、人が嫌がっているのを喜んで写真を撮ろうとする人らが世の中には居るのだ。

中学の頃、携帯電話を手に入れた友人がいた。その携帯にはカメラ機能がついていて、まだその機能が新鮮だったのか、帰りの列車待ちのホームでいろいろ写真を撮り始めた。そして、その被写体がどういうわけか僕になった。僕は確かにやめてくれと言ったが、彼はやめなかった。そんで周りにいた他の友人も面白がって僕を撮り始めた。

今思えば異様な光景だ。やめてくれよと僕は言ったが、彼らは列車が来るまで面白がって止めなかった。「自分以外もやってるんだしいいだろう」という心理ゆえだったのかな。

別に写真を撮ること自体が嫌いなのではない。面白がってパシャパシャされるのが気に食わないのだ。その時は「こいつら失礼だな」とは思わなかったが、なんか嫌だった。

カメラは誰もが持つ存在に

むかしはカメラを持つこと自体がステータスで、カメラを持つ人はごく少数だった。

カメラが一般家庭に普及したのはいつですか? - 一般の家庭にカメラがあるように... - Yahoo!知恵袋

それが今や、新発売される携帯、スマホの機種には軒並みカメラ機能がついているし、カメラ普及率は飛躍的に伸びてきているのは間違いない。カメラは目に見たものを切り取っておけるツールだが、それを悪用というか、誤用して、面白おかしいものを撮ってやろうという人が増えているように思う。

 

高級も低級もなくなった

カメラだけに限った話ではない。すくなくとも日本においては、科学技術の進歩、経済成長によって生活水準は向上を続けている。その結果、上流でも下流でもない中流階級が多数派になってきた感がある。いまや高校生だって当たり前のようにスマホ持ってるしね。

人間の質が機械の質に追いついていないというか、機械に人間が使われているというか、最近はそんなことを延々と考えてしまう。うまいこと言葉にできなくて、一寸もどかしい。

 

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