オレ部

京大生のひとり部活動、その名もオレ部!

馴れ合いの時間を減らしたい。青木真也『空気を読んではいけない』を読んで。

総合格闘技好きの友人が一人いる。彼は「アオキシンヤ」という格闘家が好きらしく、一緒にご飯に行った際には延々とその「アオキシンヤ」のプレースタイルだとか、経歴だとかについて、何度も聞かされた。

最初は聞き流していたが、何度も聞いているうちに、その異端児格闘家「アオキシンヤ」が何者なのか、気になってきた。

最近、「アオキシンヤ」は本を出したらしい。Twitterにてブロガー界隈で著名な人たちがこぞって高評価していたので、僕もだんだんまんまと興味が湧いてきて、ついに我慢できず本屋に行って買ってみた。これが周りの評判に流されがちな「日本人らしさ」なのかもしれないが、まあいい。

 

青木真也『空気を読んではいけない』

 

本書は、ざっくり言うと、青木真也さんが、トップレベルの格闘家としてやっていけている理由、自分なりの幸せな生き方が出来ている理由について、一つ一つ書かれた本である。

 

空気を読んではいけない=自分がやりたいようにやる

 

序文での文章。

最初に、簡単に言ってしまえば、「徹底的に空気を読まない」ということになる。まわりから見たら、イタいこと、異常なこと、理解できないようなことでも、自分がやりたいようにやる。凡人が空気を読んでしまったら、本当に「空気」になってしまう。「空気」は果たして幸せだろうか?何かを達成できるだろうか?

共同体の中で生活していると、というか人との関わりの中で生活していると、同調圧力を感じる場面が必ずといっていいほどある。そこで受け身にならずに自分の主体的な判断で動こうぜ!ってこと。

ちょっとむかし、KY(空気が読めない)という略語が流行った。当時はかなりマイナスなイメージが強い言葉だったが、これからはプラスのイメージが先行することができるかどうか。

 

自分の考え方が汚されるから、人と食事には行かない

 

ここまでするのかと、感心した文があった。

金銭感覚にとどまらず、いつの間にか自分本来の考え方が狂ってしまわないためにも、僕は自分自身に課しているルールがある。

それは、‘'NO‘'と言える状況をつくることだ。

食事の場面が最もわかりやすい。格闘技界では、練習後の食事までがひとつのセットと考えられている。「メシ食いに行こう」と誘われることも多い。

しかし、一度でも食事を共にしてしまえば、それは馴れ合いの第一歩となる。大人数での食事ともなれば、必ず様々な会話が生まれ、周囲の意見に流される場面も出てくるはずだ。その流れに乗らないために、最も有効な手段は、「一緒に食事をしない」こと。僕は練習後に誘われても、必ず断ることにしている。

ボッチ飯を推奨するようなこの文章。こんな意見は初めてだ。

他人と話すことで刺激が貰える!という論調をよく耳にするので、この主張はかなり過激に感じた。でも実際に、食事にいっしょに行って具体的に何か得られているかと言われてはっきり答えられる人はそれほど多くないかもしれない。

最近、友人に飲みに誘われて、そのあと個人的にやりたいことがあったにも関わらず、NOと言えず、参加してしまったことがあった。その時は楽しい時間を過ごすことができたが、酔いがさめて冷静に考えてみると、正直あの時の飲み屋代3000円は浪費だった。僕としては、開催の予定があらかじめ決まっているたまの飲み会は、おいしいご飯を食べて談笑して楽しいのだが、その場のノリで催されるようなゲリラ的飲み会に関しては、出費も痛いしタスクを消化できないのも痛いし、参加しないようにしようと思った。

 

自己啓発本には決まりがある?

 

本書は自己啓発本の部類に入ると思う。僕自身、一時期自己啓発本を熱心に読んでいた。一時期というのは浪人していた1年間の、まだそれほど切羽詰って勉強していなかった春から夏にかけて。本書は、そのころ読んで大いに刺激をもたらしてくれた松岡修造『人生を変える修造思考!』『松岡修造の人生を強く生きる83の言葉』と構成が似ていた。

というか見開きの右ページが一文で纏められた一文で、左ページないしは数ページがその一文の解説、背景というのが自己啓発本の鉄板なのだろうか?各章の最初に刺激の強いメッセージをもってきていて、誰にでも読みやすい、分かり易い仕様だとは思うが、少々安直で、単純すぎる気もする。これくらい分かり易くしないと今時は売れないのかな。

 

友人に教えられた青木真也さんが出した本ということで手に取って読んでみたが、友人が熱く語っていた青木真也さんのエピソードが次々に出てきて、「あいつホンマに好きやったんやな」ってとても感心した。友人の話でしか知る機会がなかった青木真也さんを本という形で知ることができてよかったよかった。